西郷従道の杞憂~君と話したい~

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「今回は何の用だね。従真くん」  寒いなぁ、冷えるなぁと思いながら、数学の問題を解いていたときだ。  突然、西郷従道が現れた。 「あ、おじちゃん! 久しぶり!」  従真はびっくりした。  いつも盆に待っていたのに、変な時に現れるもんだなあ……  従真はまじまじと西郷従道の顔をみた。  あの時から、おじちゃんは驚くほど変わっていなかった。  あの世というのは、歳を取らないのだろう。  従真はおじちゃんに声をかけながら、みかんが来たらこの部屋に入れるのだろうかと不安になった。  みかんは西郷従道の愛馬だ。  簡単に言えば、西郷従道もみかんも幽霊の類であり、西郷従真の先祖とペットと言える。  幽霊は魂のように実体がないものと仮定すれば、みかんが大きくて僕の部屋に入れなくても問題はなさそうだな……  西郷従真はぼんやりと考えた。 「おじちゃんか……相変わらずおまえはわたしに対し威厳もへったくれもないな。もう少し先祖を敬おうという気持ちはないのか」  従道が苦笑いした。  従真は、おじちゃんの苦笑いが懐かしく思えた。 「おじちゃん、今になってどうしてきたの? いつもお盆に待っていたのに……今まで来てくれなかったじゃないか。連絡くらいくれてもいいじゃないか。みかんにだって、会いたかったのに……」  従真が口を尖らせた。  あの世の人に連絡をくれと催促するのも変な感じがしたが、従真はそこは気にしないことにした。  この際、12年分の不満をぶつけてみよう。ぼくの純粋な子ども心は傷ついたのだ。  従真は従道に向き合った。 「いや、そんなに経ってないだろう?」 「おじちゃん、12年経ってるよ。もうぼくは15歳なんだけど……」 「おおおお、この世は飛ぶように早いな。たしかに大きくなった……背も高くなって……いやぁ、よかったよかった」 「いや、よかったよかったじゃなくて……12年だよ。待ってたんだよ! 長いよ」 「すぐさ。そんなの。おまえもこっちに来たらわかる」  従道は威張った。  「そんなこといわれても困るんだけど……」と従真は眉をしかめた。 「で? 今回はどうしてきたの? おじちゃんのこと、呼んでないけど……」 「わたしもそんなつもりなかったが、なぜかこっちの世に呼ばれたんだ」  二人は顔を合わせた。 「誰に? 誰が呼んだの?」  二人は口々に言った。  従真の部屋は二階にある。網戸越しに満月が見えた。  冬の、凛と冷えた空気のせいか、月はいつもより白く見えた。星の明かりがチラチラとしている。  この季節は夜空が綺麗なんだよな……  従真は窓の外を横目で見つめた。 「誰に……、誰がおじちゃんを呼んだのか」問題を考えても、従真には皆目見当もつかなかった。  おじちゃんである西郷従道が何か言っているようだったが、従真はほとんど聞いていなく、「なんだか面倒だな」と考えていた。 「おまえ、またなんか冒険とやらしようとか考えてないだろうな」  従真はドキッときた。ドキッとしたのがバレたようで、従道は従真を疑いの目で見ていた。 「……いや、べつに」  従真の顔色が変わり、口ごもる。 「おまえなあ、3歳のときみんなに迷惑をかけただろう……覚えてないのか」  従道にいわれて、従真は薄ら笑いを浮かべた。    本当のことをいえば、従真はほとんど覚えていなかった。3歳の時、迷子になった僕をおじちゃんとみかんが助けてくれたらしい。  しかし、僕の記憶にあるのは、みかんに乗りたかったのに、おじちゃんに断られたくらいだ。あとは……パトカーに乗ったことだ。 パトカーに乗ったと喜んでいたら、両親に怒られたのだが……、まあ、三歳の記憶はあてにならない。 「今回は……もう、おじちゃんには関係ないだろう」 「そうだよな。もう15歳なんだ。元服もしている。自分の道は自分で決めればいい」  従道はウンウンとうなずいた。 「もう用事がないなら、帰るぞ。あの世でもわたしは忙しいのだ」と従道はみかんを呼んだ。    みかんはパッと現れた。  あの世とこの世をいったいどういう仕組みで行き来するのか……従真には全く検討もつかなかった。 「あ、みかん! 元気だった?」  従真が声をかけるとみかんはいなないた。  やはり考えていた通り、どういうわけか、みかんはきちんと僕の部屋に収まっていた。 自分の意思で大きさが変えられるのかもしれない。  従道は感心した。  この世でも大きさが自由自在に変えられたら……身長に悩むこともないし、気にしなくていいかもしれなかった。 「みかん、聞いてくれよ。おじちゃんがさ、12年ぶりに現れたのに、もう帰るというんだよ。お盆にみかん用にニンジンを用意していたのに……おじちゃんはいつも来なかった……」  従真がみかんに愚痴ると、みかんはそっと従真から視線をはずした。 「ああ、めんどうくさい。従真、早く用件をいえ。みたところ、おまえには全然危機迫るものがないじゃないか」 「おじちゃんも失礼だね。ぼくだってね、悩んでるんだから」  従真は「はあ」とため息をついた。 「早く言え。ほら、子孫よ。聞いてやるから」 「高校行きたくない……」 「はあ? そうなのか」  従道はしばらく考えていた。 「じゃ、いかなくていいのではないか」 「いや、そうはいかなくて……というか、止めないと。ね、大人なら止めるべきでしょ。おじちゃんは先祖なんだから。ま、止めても無駄だけどね。行きたくないんだから」 「なんだ、理由があるのか。わたしに聞いてほしいなら、おまえが言わなきゃわからんぞ」  従道が楽しそうに体を乗り出した。  従真はキラリと一瞬光った従道の勲章に触ろうとしたが、スカッと空振りした。  従道は笑いながら「おまえにはまだ早いな」と言った。 「行きたい高校には行けなさそうなんだ……行きたいけど、行かないほうがいいのかなとも思うし。それなら勉強しなくてもいいかなって思ってさ」  従真は面白くなさそうに説明した。 「金か? そんなに金がなさそうな親に見えなかったが」  従道の問いに従真はかすかに笑みを浮かべながら首を振る。 「そんなのじゃなくて……ぶっちゃけて言うと、ぼくにら好きな人がいるんだけど。彼女はぼくの親友の大山が好きなんだって。ぼくの親友の大山は、ぼくの気持ちを知っているから、告白されたけど付き合わないって断ったらしいんだけど……」    従真はそこまで一気に言って、「はあ」とまた大きなため息をついた。  従真は従道がこの事態を把握できたのか不安そうにみていた。 「そうか。なるほど、なるほど。しかしそれなら問題ないだろう。彼女は大山が好きなんだから、どうしようもない。おまえの出る幕はない」  従道はさほど興味がなさそうに答えた。 「ところがさ、大山はほんとうは彼女のことが好きだったんだ」 「まあ、青春だからな、いろいろあるんだろうな。結婚は家同士だったからな、わたしの時代は……」  従道は何か思い出して、語ろうとしたが、従真には全く聞こえていないようだった。従真は説明を続けた。 「ぼくが行きたい高校に彼女も親友の大山も志願してる。ぼくは三年間耐えられるだろうか。親友と彼女がうまくいったとしても地獄……、いかなかったとしても親友が振られたことを考えると気が重くなるし。それならいっそ高校なんかって思えてきて……」 「それで、勉強はしないと……」  従道はひらりと模試の結果の紙を宙に浮かべて見ていた。  従真はあれはどうやっているのだろうかと首をかしげた。 「何をやっとるんだ。これはテストの結果だろう? ひどいものだ。好きとか嫌いとか、四の五の言わず、おまえは……さっさと勉強せい!」  従道は呆れて、大声で諭した。 「恋と勉強は別だろうが。そもそも、おまえはその高校に受かることが前提で話をしているが、この成績じゃ無理。2人は仲良く進学し、おまえは違う高校だ。三人受かるか、大山と彼女だけが受かるか、それとも三人とも落ちるか、受験の結果なんぞ、わたしにはわからないが……そんなわからないことで悩むなら、受かってから考えろ。」    従真はぽかんとしている。  従道は一気に話したためか、興奮したせいか、少し顔が赤くなった。 「まあ、そうなんだけどさ」  従道に正論をいわれ、従真はぶつぶつつぶやいた。 「仮に三角関係のまま、高校に三人が受かり、入学したとする。しかし、うまくいくかわからない。たしかにもやもやするかもしれないが……とにかく、恋愛を基準に高校を選ぶな。それから、なんでも恋愛のせいにするな。おまえが勉強してないだけだろうが……」 「でもさ、勉強が手につかないんだ」 「情けない声をだすな……従真よ」  子孫が凹んでいる様子をみて、従道は困り果てた。 「こういう若いときの恋愛は時間とともに変わりやすいからなぁ」 「そんなの……慰めにならないよ」 「いっそのこと、おまえも告白すればいいんじゃないか。それで正々堂々フラれちまえ」 「えええ!そ、そんな……」 「フラれたとしても彼女におまえの存在を知ってもらえる。それにすっきりする。もしかすると、もう親友のことは好きでないかもしれないし、それほど思ってもないかもしれないじゃないか。だいたい男としてカウントされてないんだから、スタート地点にもたってないぞ、おまえは……」 「でも、お互い受験だし……」 「でも、勉強できないほど好きなんだろ? 自分がいることを知ってほしいんだろう?」  従真は真剣な面持ちで悩んでいる。  しばらくして、従真は従道の顔をみた。 「じゃ、コクってみる」 「告白だろう。日本語がまちがっているぞ……」 「いまは告るっていうんだよ」 「なるほど、なるほど。常に言語は変化するからな」  うんうんと従道はうなずいた。  次の日の放課後。  従真は校舎の裏に彼女を呼び出した。 「あのさ、俺、きみのことが好きなんだ」 「うん……ありがとう。今まで考えたこと、なかったから……ま、前向きに考えてみるね」  従真は思わぬ彼女の答えに舞い上がった。  それから従真は無我夢中で勉強した。  行ける可能性が低かった高校に受かるためだ。  彼女と同じ高校に行きたい。  その気持ちが従真を突き動かした。  従道とみかんは若干呆れながら、見守っていた。 *  3月、高校の合格発表があった。  従真は彼女とのバラ色の高校生活を夢見て一生懸命勉強した甲斐があり、第一志望に合格した。彼女も大山も合格した。。 「よかったな。従真よ」  西郷従道がほっとしたように声をかけた。    先祖と従真が喜びを分かち合っていると、彼女が近づいてきた。 「話があるんだけど……」  彼女の後を追いかけながら、従真は期待していた。  これでようやく両思いだ。幸せな高校生活。素敵な高校生活。  従真はニヤけないように気をつけて、ついていった。  彼女は、この前従真が呼び出した校舎裏で止まった。 「ごめんなさい。わたし、あなたのこと……ほんとうは好きでも何ともなくて……」  従真はぽかんとした。  はっと気が付いて、従真は彼女の顔を見た。 「どうして……どうしてあのとき前向きに考えるとか言ったんだよ?」  従真は問いただした。 「だって……大山くんに言われたから……あいつが勉強できないと困るからとか、あいつが高校受験失敗したらおまえのせいだからって」 「そういうわけか」  従真は苦笑いした。 ――おせっかいな親友だ。  羞恥心と感動と、二人の優しさと、後悔とがぐちゃぐちゃに入り混じる。  従道は頭がグワングワンしていたが、気を取り直した。 「どこの高校行くの」 「女子高だよ」 「え? あそこ、せっかく受かったのに」 「でも……そこより女子校の方が家に近いし、大学進学率もいいしね……」  従真は呆然とした。 「お、大山のこと、好きなんだろ? 一緒の高校でなくていいのかよ……」 「それは、それよ。それに大山くん、あんたのことを気にしてばかりで……面白くないから」 「でも、あいつだって、おまえのこと……」  彼女は大きくため息をついた。 「あのさ、わたしはわたしだけを好きでいてくれるひとがいいわけ。男同士気を使いながら、譲りながらっておかしくない? そんなの、まっぴらごめんよ」  従真は彼女が怒って去っていくのを見つめた。 「ごめん」  大山が従真の背中越しに謝った。 「なんだよ、聞いていたのか」 「うん、校舎裏に連れて行かれるお前を見て……心配でさ」  従真は「こっちこそごめん」と小さな声でつぶやいた。  親友は笑った。 「振られてたな、従真……」 「おまえ、せっかくの両思いだったのに……付き合うチャンスだったのに。あんな可愛い子なかなかいないのに」 「従真、めちゃくちゃ未練だな」  親友は苦笑している。 「悪いかよ……」  従真がうなだれる。 「まあ、高校にも可愛い子はいるさ」 「おまえ、高校どこにしたんだよ」 「三年間またよろしくな」  大山は両手を上げて背伸びした。 「また、おまえと女の子で争うのは嫌だからな」  従真はつぶやいた。 「譲り合うくらいなら、ほんとの恋じゃないんだよ。あいつのいう通りさ。恋の真似っこだったんだろうな」 「ところでさ、おまえ、あいつと付き合ってたのかよ」 「どうでもいいだろう」 「いや、そこ、気になるから」 「ああ、もう……最初、受験だし、従真が気になるから、付き合えないと断ったんだ。そうしたら、あいつは従真に内緒で付き合おうって言ったんだ。わたしのこと……嫌いなの?って言って……で、なんだか付き合うことに……なったというか」 「ああ……そういうことか。それで条件として、おまえは受験が終わるまで、俺のことをフルなって言ったんだな」 「すまん……」  従真は、から笑いした。 「ありがとうっていうべきなんだろうな。ムカつくけど」 「まあ、従真、そう言うな……俺もフラれたから……さっぱりしたけどな」 「やっぱりこいつムカつく」  従真もトホホと笑った。 「受かるまで待ってくれたからよかったな、お互いに」  親友がつぶやいた。 「そうなんだよ、気は強いけど、優しいところもあるだよ、彼女は……」 「泣くな……、従真」 「はじめてなんだ、振られるの。優しくしろよ」 「俺もはじめて振られた……」 ――恋は花盛りってやつか。  あいつらはもう放っておこう、慰め合いのエンドレスだ。  従道はやれやれという顔で、みかんを呼んだ。  みかんは男二人が肩を寄せあって泣いているのをチラリとみたが、興味はなさそうだった。 「なるほど、なるほど……これで三角関係の解決だ。高校進学も無事きまった。わたしの役目は終わりだな。さあ、みかんよ、帰ろう」  従道はみかんに乗るとその場を立ち去ろうとした。  しかし従道とみかんは帰れなかった。  一瞬消えたと思うと、また従真のところに戻ってしまう。  従道はどうしたものかと思案していた。 「ところでさ、おまえの後ろにおじさんと馬がいるのが見えるんだけど……」 「やっぱり? お前の後ろにもおじさんがいるな」  二人が眉をしかめた。 「俺んとこにいるのは、西郷従道とみかんっていう馬だよ」 「ああ、俺んとこにいるのは、大山巌だよ」  二人は沈黙した。 「やあ、従道! 元気だったか?」 「ま、まさか、巌がいるとは! あ! もしや、わたしを呼んでいたのは……」 「いやあ、すまんすまん。あの世でなかなか会えないもんだから……この前、従道が従道の子孫を助けたって、うわさを聞いて……それで、こっちで呼び出してみたってわけだよ」  従道は呆れた。 「だからといって、巌の子孫のところにいるというのは……」 「いいじゃないか、従真の勉強もなんとかしてやっただろう」 「あれはお前じゃなくて、従真の親友の大山くんがやったんだろう」 「固いこと言いうなよ。あれはわたしの子孫だし」 大山巌は威張った。 「で? 巌、なんかわたしに用事でもあるのか?」 「いや、昔のようにふとしゃべりたくなってな……わたしたちも死んでしばらくが立つ。少子化であの世はあふれかえり、従妹のお前を探すこともできん。だからこっちでな、呼び出したってわけだ」 「そうだな……たまには話すのもいいかもしれんな。もうすぐここにも春が来て……花が咲き、緑があふれるだろう。農場があったころを思い出すなあ」 「同じ時代を生きたもの同士話したくなってなあ。従妹だし」  大山巌はしんみりと言う。 「そうだな。あの時は……互いに農場経営……がんばったな」  二人は話しながら、春風に乗って山の方へ消えていく。従道の後を追って、みかんが楽しそうに駆けていった。 「あ、先祖たちが消えた」  従真が小さく笑った。 「ほんとだな。俺、先祖の大山巌、初めて生で見たよ」  大山も笑った。 「俺、先祖見たの2回目だ」  従真が威張って言う。 「マジか……すげえな」  大山は感動している。  もうすぐ卒業式だ。 「高校でもよろしくな」 従真は大山の肩をたたいた。
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