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 四本足でかけるなんて、赤ちゃん以来だったが、トナカイなので難なくショッピングセンターを駆け抜ける。だけど、幽霊のくせに、壁はやっぱり抜けられないみたいで、彼女は追ってくるサンタに恐怖を感じながら、駆け続けた。 「いまだ!」  自動ドアが開いた瞬間、彼女は外に出ようとした人の横をすり抜けた。  そして盛大な音を後方に聞く。  サンタの格好をした変人幽霊が閉まったドアにぶちあたって、気を失っていた。 (ざまーみろ!)  彼女は舌を出して、そのままに町に逃げた。  幽霊のせいか、トナカイの体のせいか、寒さはまったく感じなかった。  数分歩いて、彼女はある事実を悟った。 (サンタから逃げてどうするのよ?元に戻してもらうために、あの変人サンタと話さないといけないのに。ていうか、なんで私逃げたんだ?)  無理やり抱きかかえられて、逃げ出してしまったが、よくよく考えたら意味のない行動である。噛んだ上逃げたので、怒ってもう元に戻してくれないかもしれない。 (私、なんてことを)  ふらふらっと倒れそうになりながらも、涼子は元歩いてきた道、ショッピングセンターへ戻ることにした。  けれどもショッピングセンターに戻ったところで、彼女はサンタクロースとトナカイに会うことはできなかった。   (ああ、なんてこと。幽霊だからお腹へったりしないだろうけど、ドアや壁にぶつかるってことは、車に引かれたら死ぬってことだよね?っていうか、幽霊だと思い込んでいたけど、もしかして透明人間かもしれない。だったら、お腹すいたりするのかなあ)  あれだけ走ったが、疲れてはいなかった。  それだけは救いなのだが、それだけだ。 (だいたい。あのサンタとトナカイは「本物」なの?本物のわけないよね。だって、人をトナカイに変えるとかありえないよ。サンタクロースはそんなことしないはずだ)  ショッピングセンターにいないとわかり、涼子はしかたないので自動ドアが開いた隙を狙って外に出る。そうして、ぼんやり歩いていると急に体を押された。  なんだと文句を言おうとしたら、後方をクラクションを鳴らして車が猛スピードで通る。  まさに間一髪で、押されなかったら轢かれていた。   「よかった。無事だった」  涼子を押した人物はむくりと体を起こし、安堵の表情を浮かべる。 (小原さん?)    それは見覚えのある顔で、クラスメートだった。 「あんた大丈夫か?まったく急に車の前に飛び出して」    猛スピードで走り抜けた車は前方の隅のほうへ停まり、運転手が歩いてきていた。中年の少し太ったおじさんは頭を掻きながら、不機嫌そうな顔をしている。 「飛び出したって。だってこのトナカイを轢きそうになってましたよ。ちゃんと見てましたか?」  そんなおじさんに小原ナルミは言い返す。 「はあ?トナカイ?どこにいるんだよ?」    おじさんはまさか反論されるとは思わず、かなり怒気がこもった声で返した。 「ここです。ここ!」 「どこだよ?」 (私の姿、小原さんにしか見えてないんだ。っていうか、小原さんに見えている時点がおかしいけど) 「あんた女子高生?ちょっと薬でもやってるんじゃないか?トナカイとかちょっと」 「薬って、なんですか。それ。トナカイが見えないんですか?」  二人のやり取りに野次馬が集まってきた。  構図的にはナルミが有利だが、周りは涼子のトナカイ姿が見えてないようだった。 (助けてもらったんだし。恩を売っとくか)  涼子は立ち上がると、ナルミのスカートをひっぱった。 「え?なに?」  スカートが勝手に何かに引っ張られているように見えるおじさんはぎょっとした表情をしている。  涼子はざまあ見ろと思いつつ、ナルミをこの場からどこかへ移動させようと思っていた。 (このまま言い合いしてたら、頭のおかしい高校生って思われるだけだからね)  しつこくスカートを引っ張っているとナルミも何かに気がついたようで、咳払いをする。 「おじさん、今度は気をつけてくださいね」 「は?」  捨て台詞としか思えないことを言って、ナルミは涼子と一緒におじさんに背を向けた。 ☆ (ここまでくれば大丈夫なはず)  涼子は立ち止まり振り返った。  ナルミは彼女を凝視している。 「あなた、何者?トナカイの幽霊?」  ナルミとは話したことがなかったが、顔良し、頭よしで、浮ついた印象がなかった。彼女はすぐに涼子の姿がほかの人には見えないことを理解したようだ。 「私もわからないんだよね」 「あ、女の子のトナカイなんだ」  そう答えが返ってきて、涼子は自分が声を出せることに気がついた。  同時にトナカイが話しているにもかかわらず、動揺しないナルミにも驚く。 (ちょっと変わっている人なのかな?)  そう思ったが涼子はクラスになじんでおらず、ナルミの事はよく知らない。 「名前はなんていうの?私は小原ナルミ」  複雑な心境の涼子にかまわず、ナルミは普通に話しかけてきた。   「わ、私はリョウ」 「リョウね。男の子みたいだね」  とっさに偽名を名乗り、涼子は自分で驚いてしまった。 (なんで正直に話さないのよ。クラスメートだってわかったほうが便利でしょ?)  自分に問いかけてみるが、やはり今更クラスメートの柱木(はしらぎ)涼子だと名乗る勇気がでなかった。 「で、事情を説明してもらえる?もしかしたら力になれるかもしれないし」 (小原さんってこんなにいい人だったのか。知らなかった。まあ、今は小原さんしか頼る人がいないし。涼子だってことをぼやかして事情を説明してみるか)  涼子はそう決心すると、ショッピングセンターでサンタクロースにあった事、トナカイに姿を変えられたことを話し始めた。
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