第一章

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第一章

遠野桜(とおのおう)は、千住の街から筋肉質の客を乗せていた。 卯月の風は薄着を促していた。 話の発端は娘の美咲からの電話だった。 学校から? 先生に叱られても知らないぞ… うん。 先生に頼まれた? 陸上部の… うん。 これから? ああ… お客様は? 美咲の中学の大先輩? うん。 会ったことは無いのか… 美咲からの頼みなら一も二もないけど… え? 有名な人? はい。 とやかく色々詮索はしない方がいいんだな? 分かった。 そりゃ、客商売だから心得てるさ… お迎えに行って中学までお送りします。 会えば俺っちも分かる人なのか… うん。 分かった。 お忍びなんだな? お前、お忍びなんて言葉よく知ってたな? あ、そうか… それは失敬… 客は黙っていた。 だから桜も黙っている。 客が誰かは知っていた。 テレビでよく見る有名なマラソン選手だった。 だからなおさら黙っていた。 客が突然口を開いた。 運転手さん、済みませんが、前のあの軽トラを追ってくれませんか? はい。 そうです。 花卉(かき)って書いてある… 多分、同級生が運転してると思うんで… はい。 え? 運転手さんもあの花屋をご存知なんですか? はい。 娘さんの同級生の姉? 小此木(おこのぎ)に妹がいるんですか? 初耳です。 はい? 最近? 話せば長くなる? そうですか… 分かりました… 仰せの通り、小此木本人から聞くことにします。 え? 結婚したんですか? 意外… 桜は指定の軽トラをゆっくりと追った。 程なくして、軽トラはある整備工場の前で停まった。 小此木明日香は、尾行には全く気付かず、軽トラを降りた。 ここのところ調子が悪い車を観てもらうためだった。 そこへ後につけた見覚えのあるタクシーから懐かしい顔が現れたので驚いた。 あらー 端野(はなの)じゃない? いつ振り? えー? 卒業以来? 嘘ー デレビでちょくちょく観ていたから、何かたまに会ってた気分だよ。 実は、お見限りだったんだ…
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