第一章

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桜は車を明日香の花屋に向けてゆっくりと走らせた。 町内なので目と鼻の先だ。 「いや、あそこで端野に会えるとは思わなかった」 明日香は束ねた髪を解いた。 「俺は、この街に帰ったら、小此木に会える気がしてた」 端野は大人になった明日香にいまさらながら驚いた。 「あ、私、人妻だから…」 明日香は左手を見せた。 「聞いた」 端野は明日香の指輪に触れた。 「何だ」 明日香はするりと手を引いた。 「立田さんは?」 端野は窓から外を眺め始めた。 「独身かってこと?」 明日香は結婚指輪を眺めた。 「まあ…」 端野は頷いた。 「瞳は独り身だよ」 「整備士してるんだ?」 「大学行って、お父さんの整備工場を継いだんだ」 「凄いな」 「ただ車の整備が好きなだけだって言ってる」 「ただ好きなだけか…」 端野は引っ掛かった。 「工場の二階に、お父さんと妹二人と住んでる」 「三姉妹なんだ?」 「三人とも整備士」 「へー」 「お父さんはもう引退しちゃってる。お父さんの趣味が牡丹(ぼたん)の栽培で、三姉妹でやってる整備工場だから、人呼んで、()牡丹整備、運転手の遠野さんも常連なんだよ」 「はい。腕も折紙付きです」 桜が前を向いたまま相槌を打った。 「緋牡丹整備…」 端野は目を閉じた。 片肌脱いだ瞳が浮かんだ。 「いつまでいられるの?」 「うん…」 端野は現実に引き戻された。 「時間があるんだったら、せっかくだから、簡易同窓会でもやろうかなって…」 「同窓会か…」 「時間無いか?」 「うん…」 「何かあったの?」 明日香は再会した時から抱いていた疑問をぶつけた。 「そうだ、妹ができたんだって?」 端野は話を逸らせた。 「うん」 「今度、ゆっくりその話を聞かせてよ」 「分かった。連絡先教えて」 「うん」 端野はスマホを取り出した。 「どこまで、端野のことを知らせていいの?」 「帰郷初日で、会いたい人には会えた」 「それはそれは…」 「しばらくこの街にいるよ」 端野は、変わってしまった街並みの進行方向に、見覚えのある花屋を見付けた。
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