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Ep1.救世主はぷるぷるごっこ
「なして、ビルが無いのさー!!」
冬。雪まつりに向けて雪像建設中の北海道札幌大通公園を背に、怒り叫ぶ女の姿があった。今日は朝から絶賛氷点下マイナス10℃となかなかに寒い日な上、ぽたぽた雪が降っている。そんな悪天候のおかげで女の叫び声に足を止める者はいなかった。その叫びが、思いっきり訛っていたとしても。
彼女の名は鈴野原咲空。肩に雪が積もろうがおかまいなしなほど、怒っている。
咲空は地図アプリを確認する。バイト情報誌の住所と地図を示し合わせてみると住所はここであっているのだがビルは存在せず、面接予定だったバイト先に連絡するも繋がらない。諦めた方がいいのだろうが、咲空はどうしてもここを離れたくなかった。
(あのド田舎には絶対に帰りたくない。私は今日、バイト先を見つける)
バイトが決まらなかったら故郷に帰ると願掛けしてここまできたのだ。それが面接どころかビルを見つけられずに終えるなど許せるものか。
この冬は咲空にとって不運続きだった。勤めていたアルバイトは次々と閉店。新しいバイト先を探すが、面接で不採用、勤務初日から店長失踪で休業と、呪われているのかと疑うほど仕事にありつけない。貯金を少しずつ崩して生活してきたがそれも限界である。目標のために蓄えてきた貯金をこれ以上減らすわけにはいかなかった。故郷へ帰れば住むところはあるのだが――その選択は後回しにしておきたい。
(もう一度周辺を歩く、いや大通駅地下に戻って最初から歩き直してみよう)
執念だ。カバンの中に入っている履歴書には『長所:根性がある』と書いているが、その根性が斜め上に発動して、粘りに粘っての大捜索である。
大通駅地下まで戻るべく、道を引き返そうとした時だった。
「あれ、咲空。今日は面接だったんじゃ――」
階段を上がってきた一人の男が、咲空に気づいて声をかけた。
彼は白楽玖琉。札幌で知り合い、意気投合した友人だ。諸々の都合があって、咲空と同じアパートの隣の部屋に住んでいる。
「その予定だったけど、ビルが見つからないんだよね」
「俺にも見せて、力になれるかもしれない」
咲空は地図を見せる。バイト情報誌から切り抜いた面接予定地の住所も渡した。
「『特殊なお客様を観光案内、調理経験あり優遇』……変な業務内容だね。こんなお店で働こうとしているの?」
「そ、それは……」
咲空も女の子で、今どきのカフェやオシャレなバーへの憧れはある。当初はそういった職務を希望していたのだが、どれもこれも採用にならない。次第にコールセンターやスーパーのレジ打ちといったところに応募したのだが現在に至る。無職だ。こうなったら皆が避けそうなバイトを選ぶと決め、変な業務内容の『ソラヤ』を選んだのだ。働けるのならどこでもいいと思っていた。
それを玖琉に話してもよかったが、玖琉は咲空と違って、すぐに新しいアルバイトが決まった男だ。しかも住所は高級住宅街にある大人気オシャレカフェときた。咲空も応募していたが玖琉だけが採用となってしまったが、よく考えれば理由はわかる。あのスタイリッシュな制服は爽やかな顔立ちの玖琉によく似合う。イケメンと呼べるほどではないが、手の届きそうなところにいるちょうどいいかっこよさの玖琉ならば、カフェに通う女性客に人気が出るだろう。それが悔しくて玖琉に話すのは躊躇われた。
「あれ、この場所って」
住所と地図を交互に見ていた玖琉が首を傾げた。
「住所に『豊平区月寒』って書いてあるけど」
「え!?」
驚いて確認するが、豊平区の豊の字も書いていない。中央区大通西――今日何度も確認した住所と同じだ。
「大通ってあるけど」
「なんか変だな。豊平区月寒の住所じゃないのか?」
「えええ……なにそれ……」
変な業務内容だけでなく変な住所。しかし玖琉の顔は真剣で、咲空をからかって遊んでいるわけではなさそうだ。
大通を探しても該当のビルはない。となれば最後に玖琉が言う住所を調べるしかない。咲空はカバンからメモとペンを取り出して玖琉に渡した。
「その住所、ここに書いてもらってもいい?」
「いいよ――でも本当にここに行くのか?」」
さらさらと書きこまれていく住所に、あれほど探したビルの名前は一文字も出てこない。怪訝な物言いも咲空には届かない。腹の中は怒りで燃えていた。
「こうなったら採用になろうが不採用だろうがいいの。わけのわからない住所を書いた文句を言ってくる」
咲空は地下鉄大通駅に向かった。冬の寒い日、散々歩かせたソラヤに文句を言うために。
***
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