NON-PASSION

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「やあ、パピロス。今日も良い知らせを持ってきたよ」 「それは心が躍るね」  パピロスはご機嫌なアリシャにご機嫌な言葉を選んで返した。 「君に新しいことを教えてあげる。少し待っていて」  そう言ってアリシャはパピロスの耳元に手をかざした。  パピロスは那由他を超える知識を持っている。それらを彼に与えたのはアリシャである。  アリシャは「世界の全てを知る者」として名高く、しかしアリシャは誰よりも早く世界の持つ謎を解き続けるだけで、世界の全てを知っているわけではなかった。  彼は世界の未知を発見してはパピロスに教える。アリシャがそうするたびに、パピロスは瞳を開き喜びの言葉を告げる。  アリシャは時に空を見上げることが困難なほど深い深い穴へロープを伝って潜ることもあれば、目眩を覚えたら落下すること違い無いような高い高い場所へ梯子を伸ばして登り続ける。足場を作れる場所ならば、何処へだって行った。  パピロスはいつも家の中でアリシャの帰りを待ち続ける。アリシャがパピロスを家から出そうとしないのだ。  パピロスは家の外のことを知識としてしか知らない。賢いパピロスは、アリシャが見たもの知ったもの全てを教えるから、知識だけでいうならば、彼も解明されている限りの世界の全てを知っている。  パピロスは言葉を交わすことは得意だが、視覚が弱かった。家から出たことがないから本物を見たことがなければ感じたこともない。  ある日、旅から帰ってきたアリシャが言った。 「なあ、パピロス。もう私が知らないことはないみたいなんだ」  アリシャが有限あるもの全てを知り尽くしたのだとパピロスは判断した。有限であるもの。まるで自身のようだと彼は考えた。パピロスは那由他を超える知識を持つが、想像する能力に欠けている。知識しか持たないために、映像や絵を浮かべられない。ひとりでは考えることしか出来ない。アリシャが家に居れば彼の声に耳を傾けて思考を巡らせる。そうしてアリシャに喜びを与える。 「旅をやめるの?」  パピロスがそう尋ねると、アリシャは目を輝かせた。聞いておくれとパピロスを急かすように彼の瞳を覗き込む。そうしてまるで嬉しそうに力強く言った。 「私はね、これから新しいものを作り出すことを生業にしようと思うんだ!」  一瞬のち、パピオスは質問した。 「ねえ、アリシャ。僕に手伝えることはある?」 「もちろんだよ! 私と君でたくさんの新しいものを開発するんだ。面白そうだろう?」 「なんて興味深いことだろう。僕、頑張るよ」 「そう、一緒に頑張るんだよ。さあ忙しくなるぞ!」  世界の全てを知るアリシャと那由他の知識を持つパピロスは、生涯をかけてたくさんの画期的な物を創り出した。世界中の人々が驚きに暮れ、世界はどんどん進化していった。  アリシャは飽きることなく想像を続けてはパピロスに知恵を受け渡して構築してもらい、パピロスが構築した考えを受け渡すとアリシャがどんどん形にしてく。  便利な物で溢れた世界でアリシャは次第に不思議な物で世界を溢れさせたくなった。  しかし不思議なことにアリシャは何にも思いつかない。この生業を始めるまで散々と世界の不思議に触れすぎたせいだろうか。アリシャはそう片付けてみたけれど釈然としない。  次第にアリシャは沈み込んでいき、パピロスはそんな彼にかける言葉をたくさん見繕ってみたけれども、いつかふたりはしゃべらなくなった。
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