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chapter.1-1
「神隠しかもしんねえ――」
その言葉が聞こえ、恩田正道は足を止めた。村人二人が、村で唯一の公衆電話の明かりの元、立ち話をしている。もう二十一世紀が始まったばかりだというのに神隠しだなんて。
ここは、静岡県と山梨県の県境にある、山間の小さな村だった。時刻は午後九時過ぎ、都会にいればネオンがきらめいてまだまだ明るい時間だが、山間部のこの村はもう、暗闇の世界だ。
恩田がこの村に来るのは二度目だった。初めて来たときは十年前。エリート集団である警視庁捜査一課に二十代前半で大抜擢されたとき、指導役として組んだ初老のベテラン刑事に連れてこられたのだった。この村は、その先輩刑事の生まれ故郷だ。
それから二度目。今日訪れたのは、八年前に引退したそのベテラン刑事、通称シマさんに会うためだ。どうしても、相談に乗ってもらいたいことがあるのだった。
「たしかに、あの子、じいさんが死んだことを受け入れられずにいたようだしな。じいさんの死体も見つかってねえし。神隠しだと思いたかったんだろうけどよ」
「だとしても、神様を悪く言っちゃあ、神隠しに逢ったって仕方ねえやな」
「捜索隊、どうするって?」
「消防と警察は、明日朝一で捜索するって。今は、村の青年団が山狩りに出てるけど、もうこんな夜更けだしな。夜の山は危ねえし」
神隠しだなんてあるわけないじゃないか。それよりも、地元警察は何をしているんだろう、明朝からなんてのんきなことを言っている場合ではなく、捜索隊をいますぐ出すべきじゃないのか?
詳細は解らなかったが、少女が行方不明になったということだけは、彼らの会話で解った。彼らに声をかけたかったが、しかしここは管轄外。警視庁の刑事が山梨県警の管轄にいると言うこと自体が問題なのに、それをわざわざ顕在化するべきなんだろうか。迷っていたのは一瞬で、やはり少女の生命には代えられないと決めたその刹那、《恩田》と声が聴こえた。
振り返って、驚いた。
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