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chapter.2-3
気が付くとそこは、どこかの川原だった。身体の下を、静かな清流が流れている。日が昇り始め、あたりをぼんやりと照らし出していた。
「おーい、いたぞー!」
誰かの声が聴こえ、どたどたと何人もが、駆け寄ってくる気配がした。
恩田は頭を振って、ゆっくりと身体を起こした。そうか、あの井戸のさらに下、地下水流に巻き込まれて、どこかまで流されてきたんだ。
死ぬかと思った。恩田はゆっくりと息をする。
そして、力いっぱい握ったままだった右手を、そっと開く。よかった、ちゃんと握ったままだ。あのとき、水中で拾ったのは、小さなロケットペンダントだった。開いてみると幸いに、というのか、それとも奇跡だったのか、中の写真は濡れてはおらず、劣化してもいなかった。
あの着物の少女と、家族の写真。この父親の顔、ずいぶん若いが、間違いない。これは、神社の神主だ――。
そうか。すぐそばにいるのに、父親にさえ見つけてもらえなかった淋しさ。それが高じて強い怨念を持ち、実体と接触できるような強力な呪縛霊となって、あそこの場所に留まっていたのか。
でも、もう大丈夫だ。駆け寄ってきた村人の中に、神主の夫婦がいるのを見つけ、恩田はそのロケットを差し出した。
驚きの表情を浮かべた二人。ロケットペンダントを、食い入るように見つめるその瞳から、とめどなく涙が溢れ出してきた。
《ごめんね》
いつの間にかそこにいた、少女が言った。
そして《ありがとう》と頭を下げ、振り返る。そこにいたのは、シマさんの孫娘、珠子だった。
その珠子に向かっても、《ごめんね》と言う。
すると珠子は、ふるふると首を横に振った。「いいよ」と呟いた。
やはり、聴こえているのか――。
少女はニッコリ微笑んだ。
《願い事、叶ったよ。やっと、見つけてもらったから》
あたしの願いは、お父さんとお母さんと、再会すること。
少女はすっと神主――両親に近寄り、その間に立って二人の手を取り、そして消えた。
両親はハッとしたようにあたりを見渡し、小さく娘の名前を呟いた。
《恩田、ありがとう》
シマさんが言った。恩田は村人に気取られないように、「いえ」と答えた。
《あの子、声が聴こえるらしい》
「そのようですね」
《でも、あの子が何を言っているのか、俺には聴こえない》
「じゃあ――」
《ああ。珠子の霊感は、聴こえるだけってことだ。隔世遺伝で、力が弱まったのかもしれない》
「あるいは、願いが叶ったのかも」
恩田が言い、シマさんは《えっ?》と素っ頓狂な声を上げた。恩田は珠子に近寄り、そっと腰をかがめた。
「願い事、叶ったかい?」
「うん」珠子は力強く言った。「おじいちゃんの声、聴こえたよ」
「そっか、よかったね」
「うん」こくりと頷き、珠子は続けた。
「ねえ、あの子、助かったの?」
「助けたよ」
「もう、一人で淋しくない?」
「大丈夫だよ、ちゃんと、お父さんとお母さんに、再会したから――」
おーい! と、別の村人が川下のほうで叫んでいた。「水嶋のじいさん、見つかったぞ!」
《やっと見つけてくれたか、俺の身体》
シマさん――水嶋昭三がぼそりと、しかし穏やかに呟いた。
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