タイムリープは計画的に!

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その日は、おかしな日だった。 定食屋「源蔵食堂」の主人である城之内源蔵は、料理一筋50年生きてきた。 若いころは、料亭で修業などもした。 今は、一国一城の主だ。 家庭を持ち、自分の店を持ち、今も現役で料理を作っている。 息子も結婚して、今は一緒の店で働いている。 もうすぐ、孫も生まれる予定だ。 世間では、定年だ、リタイヤだ、老後だ、などと言われている。 けれど、源蔵にとっては、これからが本番だ。 これまで培った技術を息子に伝え、店を渡す。 生まれてくる孫が安心して生活できる基盤を作る。 そこまでしなくても、と言う人間は多いだろうが、源蔵にとってはそこまでやってこそなのだ。 そして、今日も、いつも通りに調理を進めていく。 「あんた!ハンバーグ定食とエビフライ定食」 「おう」 長年連れ添った女房の声に、いつも通り答える。 トレイに乗ったエビを見る。 これが最後のエビだった。そのはずだ。 だが、先ほども、その前も、これが最後のエビだ。 そう思ったのだ。 ほどなく、ハンバーグ定食とエビフライ定食が出来上がる。 「おまち。あと、今日はエビもうおしまいだから」 「はいはい」 このやり取りも、何度目だろうか。 女房は、何の疑問も抱かずに、定食のトレイを持っていく。 そして、しばらくすると、 「あんた!鯖みそ定食とエビフライ定食」 「おう」 また、エビフライ定食が注文される。 そして、先ほど空になったはずのトレイには、先ほどと同じように最後のエビが乗っている。 源蔵は、自分の頭がおかしくなったのかと、一度、奥にひっこんだのだが、無駄だった。 気付くと、厨房でエビフライ定食の注文を受けている。 エビフライ定食の注文を断るという手段もある。 けれど、料理人としての源蔵の矜持が、作れる料理を作らないという選択を許さなかった。 源蔵は、いつ終わるかわからない調理に、取り掛かるのだった。 客席に二人の少女がいた。 一人は、メニューを見ながら「あーでもない。こーでもない」と悩んでいる。 連れの少女は、落ち着いた様子でお冷を飲んでいる。 「廻(メグル)、そろそろ、決まった?」 「ちょっと、待って、和食な気分だけど、こっちのハンバーグも捨てがたいし」 「これで、最後にしなさいよ。  注文のたびに、タイムリープしてたんじゃ、いつまでも食べれないでしょ」 「いいじゃん。タイムリープを知覚できるの私達だけなんだし。  目の前に料理が出ると、選ばなかった方がやっぱりって思っちゃうのよ。  覚(サトリ)もエビフライ定食以外、頼んでみたら」 「いいのよ。私はエビフライ食べたいんだから」 意識のみを時間跳躍させることによって、過去の出来事を改変することのできる逆針廻(サカハリメグル)。 過去の出来事が改変されたことを知覚し、改変前の記憶を保持できる記憶能力の持ち主である去流覚(サリナガレサトリ)。 二人は店内にいるもう一人の、記憶保持能力者である城之内源蔵に気付かない。 「よーし次こそ、注文お願いしまーす」 迷惑とは、自分の気付かないところでかけているものである。
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