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プロローグ03 時間遡行
【これから、上のホテルに行きましょう】
そういうと女は、艶めかしく揺れる黒のドレスをめくり、白く滑らかな肌で俺を誘惑してきた.....
女探偵はサクラという名前らしい。
いつもならこんな怪しい女には近づかないのだが、今の自分は少し自暴自棄になっていたようだ。
部屋に着くと女は持っていた紙袋から一本のワインを取り出し、部屋のグラスに注ぐ。
【乾杯しましょう】
【私はまだ飲んでいないのよ、付き合ってくれる?】
しこたま酒を煽った後ではあるし、この酒に何が入っているか分かったものではない。
【そう、じゃあホテルのルームサービスでもいいわ。自意識過剰ね】
そういうと女は笑いながらフロントに連絡を入れた。
ワインが届くまでの間、女こちらを眺めるだけで何も話そうとしない。
部屋代を入れると依頼料はほぼなくなるだろうに、なぜこの部屋に来たのか、その理由も分からないままだ。
『ルームサービスをお持ちしました』
ホテルボーイからワインを受け取り、自分でグラスに注ぐ。
【それじゃあ、乾杯】
そういうと女はグラスの中身をひとくちで飲み干した。なんとも美味しそうに飲むので、負けじとこちらもグラスを空にする。
悪くない味だが、さっきまでの酒が胃に残っており、飲みきったことを後悔した。
【それじゃあ、やることをやりましょうか】
女はドレスを着たままにベッドにあがり、自らの脚に手を当て、横になるように促してきた。
浮気への嫌悪感も少しは紛れるだろうと、誘われるがままに頭を横にする。
【目を閉じて、それから、奥さまと、その浮気相手を想像して下さい】
妻の浮気相手は、俺たちの大学の後輩だった男だ。思えば大学時代は俺たちとよく遊んでいたのだが、卒業後は縁がなかった。
裏では俺に隠れて2人で会っていたのだろうか。そう思うと、どれだけ自分は馬鹿だったのかと腹わたが煮えくりかえった。
【浮気相手を、どうしたい?】
殺してやりたいが、自分の人生が傷つくのはダメだ。ヤツにそんな価値はない。
【そう】
【なら、大丈夫ね】
そう言って、女は俺のこめかみを両の手で抑え、静かに額にキスをした。
女のキスの感触が消え去る前に、俺の意識は薄れていった。
そして、いま、
俺は、妻と出会って1年後の4月に、
タイムスリップしてしまっていたのだ。
まだ、俺を裏切る前の
清純なエリカの目の前に。
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