一章

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ただ、そもそも人にもらった仕事をしていただけなので、同じような仕事であれ、次々と、それこそずっと生活が出来る見込みが生まれるほど取れる算段はつかなかった 今時のこういう仕事は、顔すら合わすことなく、ネットという仮想空間上で全てを完結させることが可能で、偽りであってもネームバリューさえあれば顔も知らない相手から仕事の依頼が来て、文章をメールで送って、お金まで振り込まれる それこそ電車にも乗らず、家にいるままで全てを終わらせることが出きるわけだ だが、そうは分かっていても、他のだれより、家から出ずに誰とも会わずに済ます仕事を求めていても、私は私の名前を過度に売る方法が思い付かないし、そもそも、今時こんなことを言うと宇宙人扱いされそうだが、インターネット空間が嫌いだった そんなわけでもらえる仕事は限られてくる一方で、いよいよ他の生活手段を考えなくてはならないとなった矢先、ここ数日間通っている南森町にあるプロダクションを紹介された 私が細々とやっていたような仕事を会社組織でやっていて、ありがたいことにその分け前をくれる 営業はできないけれど他人に通じる文章をなんとか書くことが出来る私には天国のような場所だった 普通はそのプロダクションを称する会社に籍を起き、仕事があるときもないときも毎日同じ顔ぶれと時間を経過させなければならないようなのだが、幸い、元々個人で多少なりとも同じ仕事をしていた私は、フリーな立場で所属することを許諾された 但し、打ち合わせ等は自由が効いたが、原稿を持ち出して作ることは許されなかった為、原稿を作る作業は会社でしなければならなかった 会社組織として動いているわりに、妙な規制もあるから仕方がないのだろうが、ネット空間が嫌いな私よりも古風なスタイルだと言えた そのことは、今まで時間には支配されてはいたものの、昼夜という感覚の支配から解放されていた私にとっては少し窮屈さを感じるものであったが、それ以外には服装やら規則やらも他の業種に比べればかなり楽なものなのだろう ただ ここに勤めてる人は、なんだか自分を特殊な人間のように思ってるような節があり、それらは私は苦手だった 特に、今の仕事の足掛かりにしていた紙以外の放送媒体や、紙媒体にしても雑誌等の、所謂メディアの仕事をしている人などはそれが顕著で、所詮は、多くの人の趣向に沿うものを提供するというサービス業の一つに過ぎないものをしているくせに、自分の感性なり生き方は非凡で変わっている。いや、自身の感性が凡庸なものだと認めてはいても、それでも変わったものを受容するだけの度量があると勘違いしている人種が多々見受けられた かつていた芸大には、社会性なんてものを学生だから考えなくていい分、奇抜な青春を謳歌していた学生も多く、それを生で見てきた私には、きちんと生業を得ている彼らは充分に盆百な存在で、それを特殊なことだと自負する姿は、本気でそんなことを言っているのだろうかと、見ているこちらが呆れるような気持ちになるからだ ……いや、そうではない。芸大にいた多くの学生たちも、若さと幼さゆえに許容される分だけの少し広めの凡庸の中を泳いでいただけであって、彼らと大差があったわけではない 単純に、ここにいる人だけでなく、私は、大した感性の差異があるわけでもないのに存在を主張する人 その差異が大事だと「個性」なんて単語を重宝する人や、昨今の文化、現在、それがよしとされている風潮…… ……いや、簡潔に、かつ正直に言おう 私は、今までに私が出会ってきた人のほとんどが好きではなかった
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