1 キスの波紋

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1 キスの波紋

43d6b4df-0a39-4402-8c26-11cd804a5291 福見岳大(ふくみたけひろ)がベランダに出てみると、外は想像以上の豪雨と強風だった。 「ちょい無理……かなぁ」 予定が狂って落ち込む岳大に、この部屋の主である新田圭(にった けい)は苦笑いした。 「泊まってけば?」 圭の両親は共に市役所に勤める公務員で、今日は研修旅行で不在だと聞いている。 「クッソ!焼肉食い損ねた~」 岳大の家も両親共働きで、決して家計が苦しいわけではない。 とはいえ二十歳の兄を含む4人で焼肉を食べに行く日はそうそうなく、今日の“焼肉デー”を三週間前から楽しみにしていたのだ。 「豚肉で悪いけど……生姜焼きでも作ろうか」 岳大をやや見上げるようにして圭が提案する。 可愛い顔だ。 自分でも自覚があるのか、私服も可愛い系が多いような気がした。ボーダー柄のTシャツに白いパーカー、濃いベージュのハーフパンツ。むだ毛の少ない足は細く、本当に同い年なのか疑問なほどだ。 かたや岳大は裾が擦り切れたジーンズを穿き、上はユーズド風のTシャツ一枚。雨が降り出すと、さすがに少し寒くなってきた。 「ごちそうさま」 圭の作った料理は美味しかった。 お互いお腹が空いていて食事中は全くしゃべらなかったが、正面でお茶をすすっている圭を見ていると胸がモヤモヤする。 「おい、付いてるぞ」 少年の面影が濃く残る頬に、白いご飯粒。 「どこ?」 「そこだよ、そこ」 指さしてやっても、なかなか自分で取れないようだ。 「ほら、これ」 岳大は圭の頬に指先を滑らせ、ご飯粒を取ってやった。 圭は岳大の指先をじっと見ている。 黒目がちな瞳と目が合ってしまい、動揺していることに気付かされた。 「食え!」 焦って指先を押し付けたのは、圭の口だった。 「んぐっ」 人差し指は勢い余って、口の中へ入ってしまった。 圭のピンク色の唇は柔らかく、中は温かく湿っている。 「わっごめん!」 岳大は慌てて指を引き抜いた。 なぜか圭の顔を見ることができない。 圭は立ち上がり、食器を台所のシンクへ運んだ。 唾液で湿った指先をもてあます。 心臓がばくばくして、動けなかった。
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