107人が本棚に入れています
本棚に追加
/142ページ
1 キスの波紋
福見岳大がベランダに出てみると、外は想像以上の豪雨と強風だった。
「ちょい無理……かなぁ」
予定が狂って落ち込む岳大に、この部屋の主である新田圭は苦笑いした。
「泊まってけば?」
圭の両親は共に市役所に勤める公務員で、今日は研修旅行で不在だと聞いている。
「クッソ!焼肉食い損ねた~」
岳大の家も両親共働きで、決して家計が苦しいわけではない。
とはいえ二十歳の兄を含む4人で焼肉を食べに行く日はそうそうなく、今日の“焼肉デー”を三週間前から楽しみにしていたのだ。
「豚肉で悪いけど……生姜焼きでも作ろうか」
岳大をやや見上げるようにして圭が提案する。
可愛い顔だ。
自分でも自覚があるのか、私服も可愛い系が多いような気がした。ボーダー柄のTシャツに白いパーカー、濃いベージュのハーフパンツ。むだ毛の少ない足は細く、本当に同い年なのか疑問なほどだ。
かたや岳大は裾が擦り切れたジーンズを穿き、上はユーズド風のTシャツ一枚。雨が降り出すと、さすがに少し寒くなってきた。
「ごちそうさま」
圭の作った料理は美味しかった。
お互いお腹が空いていて食事中は全くしゃべらなかったが、正面でお茶をすすっている圭を見ていると胸がモヤモヤする。
「おい、付いてるぞ」
少年の面影が濃く残る頬に、白いご飯粒。
「どこ?」
「そこだよ、そこ」
指さしてやっても、なかなか自分で取れないようだ。
「ほら、これ」
岳大は圭の頬に指先を滑らせ、ご飯粒を取ってやった。
圭は岳大の指先をじっと見ている。
黒目がちな瞳と目が合ってしまい、動揺していることに気付かされた。
「食え!」
焦って指先を押し付けたのは、圭の口だった。
「んぐっ」
人差し指は勢い余って、口の中へ入ってしまった。
圭のピンク色の唇は柔らかく、中は温かく湿っている。
「わっごめん!」
岳大は慌てて指を引き抜いた。
なぜか圭の顔を見ることができない。
圭は立ち上がり、食器を台所のシンクへ運んだ。
唾液で湿った指先をもてあます。
心臓がばくばくして、動けなかった。
最初のコメントを投稿しよう!