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明け方の崖にて
「おーい!お若い方!早まっちゃいけませんぞ!」
出鼻で今にも飛び降りようとしていたところで卒爾に呼ばわれた健一は、こんな自殺の名所にいつ何処からどんな物好きがやって来たものかと不可思議になって振り向きざま驚きを深めた。その視線の10メートル程先に頭のシルクハットから足のオックスフォードシューズまで暗黒を暗示するような黒ずくめの装い同様、黒色のマントコート、それとは対照的に注意を促すような黄色のマフラー、それに箒の穂のような灰色の髪を木枯らしに戦がせながら如何にも謎めいた老年男が辺りへ迸る程に妖気を湛えて立っていたのだ。
「止めないでくれ!」と健一は突如として現れた不気味とも奇怪とも言える邪魔者を打ち払おうと威嚇するように叫んだ。
「いや、私はあなたをどうしても放ってはおけないのです」
「何故だ!」
「あなたは不幸な雰囲気が漲っている。そんな不幸の儘、死なせたくはない。どうか私に不幸話を打ち明けてくれませんか」
「打ち明けてどうなるって言うんだ!同情でもしてくれるのか!」
「いえ、そんな気休めみたいなケチな真似をしようというのではありません。話の内容次第ではデートとかあれとかしてくれる可愛い子を紹介してあげましょうと言っているのです」
「はぁ?ポン引きじゃあるまいし、そんなこと言うあんたって何者なんだ!」
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