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扉を潜る時に歩兎さん達はどんよりとした空気を漂わせていたが、消毒の風に吹かれる前にメモ書きを渡した。
「いや……何て書いてあるか分からない」
「あっ忘れてた、落とした時の為に婆さん達の相談事を暗号チックに書いたんです」
「まぁ今から風呂なんで後で話します」
瑠里が毎度のようにオッサンみたいに片手をあげると、『ええ――!』という声を背にシャワー室に入った。
着替えを済ませ受付に向かうと、木村さんに指示された部屋に入ったが、歩兎さん達は既にコーヒーを飲んでいる。
急いで出てきたのか髪がまだ半乾きな感じで、いつもの気取った雰囲気は緩和されていた。
自分達のコーヒーを準備したところで木村さんが茶菓子を持って入って来たので、瑠里は簡単に婆さん達から聞いた内容を話した。
忘れた部分はメモ書きした暗号を元に付け足したが、木村さんはすぐに部屋を出て手配に入ったようだ。
「ダメだと思ったが、やっぱり……俺の勘は間違ってなかったんだ」
「どうやって癖のある婆さん達と打ち解けたの?わんぱくな感じでハンバーグ食べただけじゃないでしょ?」
「わんぱくで片づけるな、下品だったしもう少し女性としてマナーを……」
「ウチの仕事に関係ないんだよ、下品でも貧乏臭くても食に卑しくへも影響しないん……へね」
冷ややかな視線を送る瑠里だが、マナーがどうのと言われた直後にクッキーを頬張り言い返している。
缶に入った高そうなクッキーはどれも美味しそうだが、開けた時点で三枚くらい減っていたので既に木村さんは味見済みだと思われた。
「そうだよ兄さん、姉妹は担当でもないのに楓の事を思って受けてくれたんだよ?しかも立派にタヌキとして仕事をこなしてくれたんだから」
「そうだな……ナイスタヌキだった」
「いや嬉しくねーよ、そんな褒められ方!ちゃんと聞き出せたのか分からないけど……とりあえず病院行ってあげたら?」
いつも完璧な笑顔仮面をつけている空蝉屋の男達が、今回は微妙に崩れかけている気がする。
手術は無事に終わったし、大きな病気でなくて少し安心しても良さそうだが、二人はまだ動揺を隠せないように見える。
「しょぼくれた顔を楓さんに見せに行けば?もう相談内容をイザリ屋にシフト出来たんでしょ?」
瑠里に言われハッとした歩兎さんは、母に手土産を渡すからあの和菓子は食べいいという事と、ホテルから戻ると品出しを手伝うと話が纏まったようだと報告をくれた。
農作業をこなすドラム缶は品出し系なら役に立ちそうだし、動いてダイエットになればお土産の事も含めて一石二鳥だ。
かなりのドヤ顔で帰って来るとは思うが、朝食目当てとはいえ心細い婆さんにも付き添い働いて帰って来るので、湿布を用意して出迎えたいと思った。
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