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「前年はマミーも頑張りましたって事でね、藤井屋で褒美の一つでも買って貰いたいけど、疲れたアピールしてくるしさ」
「実際疲れてんだけど!しかもアピール無視で白髪染め頼んでくる薄情者が、目の前で大福食べてんだけど」
勿論そんな娘の発言や冷ややかな視線も効かないが、王子達はお裾分けを貰いたそうに座布団の上から母を見ている。
「百合、王子達におやつあげて……あっ!大福で思い出したんだけどさ、今年は田舎の神社で餅撒きある年だ」
祖父母の田舎の神社は初詣の参拝も混雑していないので、雪が積もらなければ毎年行くようにしているが、今年は年末年始が仕事で潰れたのでおみくじすら引けていない。
何年かに一度正月明けと節分に餅撒きがあり、貧乏生活だった我が家の楽しみな行事の一つとなっていた。
「餅撒きだったかぁ……初詣も行けてないし、縁起も良く無料で手に入る餅はゲットして食しておきたいね」
「でしょう?神聖なる場所で餅がばら撒かれる……後光を放った高貴な餅を手に入れるチャンスは明日のみ!さぁ、戦士達よ祖父母宅へいざ参ろう」
頭にラップを巻いた姿でノリノリの母にため息が漏れるが、瑠里は『御意』と返事をしニヤリと笑みを浮かべている。
「いや、今すぐにでも行く空気だけど、まず白髪染めそろそろ落とす時間だから。それに瑠里も疲れてんだからゴロンと横になろうよ」
下手に忍者探偵モードになってしまうと、はりきってトレーニングにでも参ろうと言われても迷惑なので先手を打っておいた。
作戦は見事に成功し、翌日祖父母宅に向かうまではダラダラとして過ごしたが、着くと同時に二人のテンションがやたら高い。
「のろしが上がってるね、そろそろ戦地に向かおうか」
「うむ……雪も降っておらんし、風は冷たいがそこは気合いで乗り切り、勝利の美酒を味わいたいものだ」
「いやいや、もっと和やかなムードじゃんいつも。餅撒きの時は空気のように溶け込んでいい場所をキープして、煙ように帰ってたじゃん。貧乏人が張り切ってもロクな事にならないから」
母達の気合いが王子らにも伝わっているのか、たまにジャンプを挟んで横を歩いている。
「私とした事が……やる気が空回りしてうっかり首を取られてもいかん。皆の者気を許さず穏やかな心で高貴な餅を掴み取ろう!」
何処の戦国武将の役柄だと呆れて後ろを歩いているが、恐らくこのモードは餅撒きが終わり自宅に帰るまでは続くと思われる。
妹もノリノリだし今二人には餅という戦利品しか見えてないので、何を言っても無駄なら、後はストッパーとして馬鹿な親子を見守り都度注意していくしかない。
いつもは神社までの道のりですら息切れする母だが、今日は一歩一歩が力強く地響きしそうな勢いで戦地に向かっている。
「そういえば餅撒きの時も少しだけ出店あるから、団子とお稲荷さんは買っといてね」
なりきり戦国武将でも、一瞬で普通のテンションに戻り抜け目のない指示を出す母に、新年早々苦笑いしかない。
でもその一言のせいでイナリのリードの引きが若干強まったので、手に入れないとお叱りを受けそうな気がする。
貧乏一家にとって食べ物が絡む行事は一大イベントの一つだが、特に餅好きな二人は張り切るのも無理はない。
神社には新年の挨拶をする老人方や数人子供の姿も見えるが、焚火があったり少し出店も並んでいてワクワクしてくる。
参拝してから餅撒きの場所の下見をし、位置の目星を付けながらおみくじを買う事にした。
「始まる前の太鼓の音であの場所をキープ、後は王子達が踏みつぶされないようにしっかりと懐に収めよ」
「御意!おっ、くじも大吉で縁起もいいし上手くいくに違いない」
普段は言い合いをしていても、こういう時にだけ息の合う二人は太鼓の音が鳴り始めると我先と歩き出した。
自分のおみくじは吉だったので微妙な気持ちではあったが、自然と足は二人を追いかけ背中に張り付く位の位置をキープしている。
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