108人が本棚に入れています
本棚に追加
/219ページ
実際のまーちゃんは地上だと敵無しで、旦那より強いのも知っているが、二回も似た夢を見ると少し不安になる。
こういう時は頼りになる木村さんに聞き、こっそりと連絡してもらい安否を確認等、自分で行動しない方がいい気がした。
せっかくの休みだし、朝にちょっと職場に行って軽いタッチで話をしようと思った。
「お、姉さんも起きてるんだ」
珍しく瑠里も起きて来て、ボサボサ頭を直す気はなさそうだがコーヒーは淹れていた。
「なんか夢見が悪いと目ェ瞑っても寝れんくなるわ」
「瑠里も悪夢見たんだ?」
妹の悪い夢と言えば貧乏生活の悲惨な出来事、もしくは私同様に祖父母宅付近で獣類に襲われる内容だと思われたが、答えは全く違っていた。
「いやね、まーちゃんが誰かに攫われるんだけど助けられなくてさ、瑠里って大声で呼ばれて目が覚めるみたいな……」
「えっ?私なんか二夜連続でまーちゃんが殺される感じなんだけど、同じく名前を大きな声で呼ばれた」
お互いに無言で目を合わせ、職場に行く準備をした方がいいと話がまとまった辺りでドラム缶が散歩から帰って来た。
「はぁよく運動したし5キロぐらい痩せた気分だよ、食パンでも食べちゃおっかな~」
「いやいや、数百グラムってか誤差の範囲しか消費してないよ、餅四個分ならあと風呂とトイレ掃除に加えて街まで散歩に行く勢いでないと」
瑠里に冷たくあしらわれると、渋々お菓子の入った引き出しを探りコーヒーを淹れていたが、あの調子だとメタボから抜け出せそうにない。
今日は少し職場に行く事を伝えると一瞬嬉しそうな顔を見せたので、家を出た後に何かを食べる気かもしれない。
のんびりと歯磨きや着替えを済ませ、洋画のサスペンスのチャンネルを観ていると意外と早く時間が過ぎてしまい、上着を羽織り職場に出かけた。
受付にはタイミングよく木村さんが居たので、ちょっと相談したい事がと言いかけた辺りで男性達がバタバタと動いてる姿が見えた。
「あの……何か忙しそうなんで、休み明けでいいです。内容はメールで送りますので」
「ううん、気にしなくていいからあの部屋でコーヒーでも飲んで少し待ってて」
悪夢を見たというだけだし、あまり長居すると下手に巻き込まれても嫌なので、帰る気満々だったが引き止められてしまった。
部屋に入るとお互いに『来る時間帯を間違えた』と苦笑いし紙コップにコーヒーを入れ席に着いた。
「何かあったよね、知らない男性が行ったり来たりしてる時は大体事件だもんね」
「怪我人とかヘルプ要請が入る内容だとやばいし、サラッと帰りたい」
何となく外がざわついているので、息を潜めるように待っていると、木村さんが作り笑顔と高そうな箱を持って入って来た。
「コーヒーにあうクッキー持って来たわよ。これねエシレバターをたっぷりと使ってて一日20箱限定ボックスだから美味しいわよ」
「いえっ、そんな長居はしませんので大丈夫……ですよ」
「そうですとも!ちょっと二日連続で悪夢を見たけど気の迷いだったのかもしれません」
罠にかかってなるものかと瑠里と同じタイミングで立ち上がったが、時代劇の盗人のお頭みたいな貫禄のある表情で木村さんの手が止まった。
「――悪夢ってどんな?」
地雷を踏んだと思うくらい後悔したが、内容を話すまではこのお頭から解放はされないと読んだので、軽いタッチで簡潔に述べることにした。
「偶然、鎌イタチの世界のまーちゃんが殺される夢を一昨日から二回見ただけです。何となく後味悪かったし職業病かもしれませんね」
「きっと年末年始と仕事をして、焼肉券が一回分だったから疲れが残ったのかもと社長に伝えて貰えば解決すると思います」
うふふと口元に手を置いてウチのドラム缶スタイルで去ろうとしたが、木村さんは箱の紙を引きちぎって開けるとおひとつどうぞと微笑まれた。
「虫の知らせ……いや、イタチの知らせっていうのかしら。実は今そこでトラブルがあってね。あっ、クッキー美味しいでしょ?まだまだどうぞ」
有無を言わさずクッキーを食べろという圧を感じ、渋々手に取って二個目を口にしたが、味が分からない程動揺しながら席に着いた。
最初のコメントを投稿しよう!