恒例じゃない行事

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「ト……トラブルって言っても芭流がキャバクラから何日も戻って来ないとか、まーちゃんが呆れて実家に帰ったとかそういう話じゃないんですか」 嫌な予感は外れた方がいいので言ってみたが、木村さんの顔を見ると深刻さが伺える。 「その一件は妖怪エリアが絡む内容で、実は今花むすびの者が来てるんだけど……百合達にも無関係じゃなくてね」 「まさか本気でまーちゃんの身に何かあった訳じゃないですよね」 恐る恐る聞いてみても、木村さんは無表情なので不安が押し寄せてくる。 「だってあんな強いまーちゃんが容易くやられたりする訳……」 「実はね、そのまーちゃんが殺害された可能性があるの」 被せ気味にそう言われ、顔が強張り思わず二人共動きが止まってしまった。 気持ちを察してか、木村さんは返答を聞かずにそのまま言葉を続け簡単な説明に入った。 まーちゃんは友達の結婚式で地元に帰り、その会場で惨事が起こったが、多数の犠牲者が出ていて犯人はまだ捕まっていない。 そしてまーちゃんは、私達同様貧しい一家で育ったのは承知していたが、その先の話は全く知らなかった事だ。 「まーちゃんの実家は妖怪エリアだから、彼女はそういうチカラも持ち合わせていたみたい。どちらにしても、トップの身内として命が狙われたらしいの」 「――でもっ」 自分で納得したくないのは勿論だが、ダメ息子の代わりに孫達を育てていたまーちゃんがあっさりと殺されたと思いたくない。 事実木村さんは『可能性』と言っていたが、頭を整理しようとしても色んな感情が混ざり上手くいかないでいた。 「その件で妖怪班に要請が入ったんだけど……まぁ、芭流がね」 すっかり忘れていたが、旦那の芭流はもっと大変な事になっているに違いない。 遊び歩いてたとしても、まーちゃんラブという甘えは伝わっていたし、もしかしたら仕返しに行くと暴れているかもしれない。 「芭流爺は…大丈夫なんでしょうか?」 家族が殺されたなんて普通で居られないだろうし、もし同じ立場だったらどうなってるか分からない。 「今は地下牢に繋がれてるんだけど、どうしても姉妹を呼べと言ってるみたいで」 「えっ?そんな状態のイタチに会いに行けとか言いませんよね、何の力にもなれないし、そこは妖怪班がやるべきだと思います。気持ちが落ち着いたらあの子達の顔は見に行こうと思いま……ん?」 嫁を殺された旦那が、地下牢に繋がれてるってどういう事だと言わんばかりに瑠里を見た。 「手が付けれない位に暴れて閉じ込めたんじゃないの?般若がそうなったらキツネぐらいしか対応出来ないってのと同じ状況でしょ」 「でも最強のまーちゃんが殺されたかもしれないなら、芭流は誰が止めたの?」 二人で首を傾げると木村さんはクッキーを口に放り込み、コーヒーで流してから言葉を続けた。 「まーちゃんのマミーよ。孫を芭流宅に連れて帰った時にその場面に遭遇してね」 まーちゃんの母って何歳だと過ったが、妖怪エリアは蝶の世界みたいに長年に渡って生きている人達がいるというのも数カ月前に知った。 「じゃあまぁ、あと半年くらい地下牢で生活してもらって、落ち着いたら手紙でもよこすようお伝え下さい。差し入れにあんぱんでも持って行くんで」 残念ながら今回は私達の出る幕ではないし、木村さんも分かってる筈なのに何故引き止めたのか不思議な位だ。 「でね、今までの話聞いてどう思った?」 どうと言われても、ショックでいい言葉も浮かんでこないが、立ち上がって帰ろうとしてふと違和感を覚える。 「聞いた内容は衝撃なんですけど……思ったより悲しくないというか、こういう時は般若の目にも涙なのに、今日は流れてないようです」 そういわれてみればエピナルさんの時とは違い涙も出ず、ぶっちゃけ付き合いはまーちゃんの方が古いのに反応が淡白だ。 「実感が……湧いてないのかもしれません」 「やっぱそうなんだ。夢を見て嫌な予感がして職場には来たけど、現実に起こった事を聞いてもピンと来ない。つまりその場に行って感覚を再確認ってコースはあながち間違ってない訳か」 勝手に都合よく変換されても困るが、芭流も妖怪班の奴らも『姉妹に一度イタチの世界に入って欲しい』という要望が一致しているらしい。 芭流に至っては他にもひっかかる事があるようで、一番下の孫が『死んでない』という反応を示しているとずっと言ってるらしい。 「まぁ嫁が殺されたショックで白でも黒に見えるって事もあるでしょうし、ただイタチの世界に行ってみるだけではなく、どうせ付属して色々要望が増えるのは目に見えてます」 瑠里がキッパリと言い切ると、木村さんも誤魔化すようにクッキーを口に入れたので危険な匂いがプンプンしている。 「まだ事件が起こって間もないですし、新人が向かうのは危険です。まずは妖怪班と金刺繍辺りが出向き、安全だと確認されてから考えてみます」 「実はまーちゃんの遺体がないのも事実で、もし芭流の言ってる事が本当なら早く手を打たないと永久に見つからない可能性もあるの」 私もトナカイの空間に閉じ込められた時に、二度と家に戻る事は出来ない恐怖に絶望したが、今回は鎌イタチの世界のトップの嫁なんで次元が違う。 「もし巧妙に仕組まれた誘拐なら、二時間ドラマでもよくありますが、その内犯人から要求の電話あるんじゃないですか?それに専門分野の特殊班は何か気づかないんですか」 「そうですよ、こちらは呪いとかお化けとか妖怪やらマニアックな事は分からないんです。命の危険もあるのに茶菓子で返事求められても困ります」 明らかに内容に報酬が比例していないと言わんばかりだが、強調して欲しいのはそこではなく、妖怪エリアの仕事はまだ早すぎるという事だ。
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