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「あぁ、お世話になって申し訳なかったね、又改めて礼を……」
笑顔の仮面で身体を起こしたが、立ち眩みがしたのか、ソファの肘置きの部分を掴んでじゃがんでいる。
「ちょっ、断食ダイエットしてる女子じゃあるまいし、しっかりして下さい。楓さんは無事に戻ってきますから」
腕を支えてソファに戻るのを手伝うと、額を押さえこの世の終わりのようなオーラを出している。
「いつも元気で笑顔絶やさないタヌキだから安心しすぎてた、今日の仕事を心待ちにしたのにどうすればいいか……」
「そこは楓さんでいいでしょう!急性の病気で手術なんだし、退院したらまたバリバリ働いてもらえばいいですよ」
「今夜は相談を聞く日なんだ。タヌキにしか出来ないし、俺には到底……」
「アンタ長男でしょうが!私も妹が倒れたらどうにかするしかない。タヌキは手術なんだから、断るかアンタがタヌキになるしかない」
トレーを持ち部屋を出ると、駐車場に向かい軽自動車に乗り込み母達の帰りを待つ。
狛さんの車かタクシーで戻ってくると思われるので、道路に目をやったがそれらしいライトもない。
小腹も減っているし和菓子を摘まんでコーヒーでも飲みたいが、近くにコンビニはなさそうだし自販機を探した。
周辺にもなさそうだし、仮眠して空腹を紛らわす作戦に決め、和菓子を後ろの席に移動させる。
隣に置いて万が一手が触れて落ちたりすると、ドラム缶から大クレームになるのも分かっている。
楓さんの手術の成功を祈りつつ目を閉じ、段々と眠れそうな気がしたが、やはりコーヒーでも飲みたいと瞼を開いた。
「――ぎゃっ!」
フロントガラスに歩兎さんの姿が見え、咄嗟におばさんみたいな声が出ると、缶コーヒーをこちらに向けているのでドアを開けた。
心ここにあらずという表情がお化け感を漂わせているが、彼なりに気を遣ってくれたんだと礼を言い受け取った。
運転席に座り席を調節すると、コーヒーを勧められ口にしたが、狭い軽自動車の中ではなくお前は事務所に帰って飲めと言いたい。
「手術無事に終わったようだ」
「そうですか!良かったです、早く元気になるといいですね」
熱も高そうだったし悪化しているのではと気になっていたが、無事に済んだなら結果オーライだ。
ホッとしながら再度コーヒーを口にすると、顔つきが少し戻った彼がこちらを向き、何となく脈拍が早くなるのを感じた。
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