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第一章 謎の奇病
時は、過去だか未来だか?
兎に角、人類は繁栄していた。
まあ、多少のいざこざは有ったが、人類滅亡の危機等なく。
人類は、程ほどに平和で、愉しく暮らしていた。
そのとき世界は、四つに分割統治されていた。
赤道から南北30度で、北部と南部を分け、経線で、東部と西部を分けた。
その時の、西の執政官は、シャ・カと言った。
シャ・カは、246代目の執政官で、歴代執政官の中でも、五本の指にはいる有能さを、誇っていた。
こんな逸話がある。
シャ・カが、西部執政官に成ったその年、東部との国境で、かなり大規模な紛争があった。
執政官同士は、かなり綿密なやり取りをしているのだが、それでも意思の疎通に、難を迎える事がある。
その時の紛争も、一寸した行き違いが原因だった。
もともと西部と東部は、利害関係が複雑に絡んで、国境の周辺では、日々緊張でピリピリしていたのだ。
そんなある日、とある国境の街で、一騒ぎがあった。
地元自治の対応が、後手に回り、両陣営の軍隊が出動する事態へと発展しかけた。
と、その刹那。
とある一団が、騒乱の中へ突入して、あっという間に騒ぎを納めてしまった。
見るからに、紛争鎮圧に対する、特殊武装集団風の出で立ちで、相対する勢力に睨みを利かしていた。
此の武装集団こそ、シャ・カ執政官の直属行政執行部隊、七影であった。
シャ・カ執政官は、紛争の起きやすい地域に、予め紛争鎮圧部隊を配置、信頼の置けるリーダーに、ある程度の裁量権を認めて、執務にあたらしていた。
その実行部隊のリーダーが、シャ・カ執政官の信頼厚いゴ・クウ隊長であった。
ある日、シャ・カ執政官の下に、一通の報告書が届いた。
西部地域辺境地区の、調査報告書であった。
かねてから西部辺境地区で、一寸した怪異があった。
今年に入って、辺境地区周辺で奇病が発生いしていた。
西部辺境地区の森林地帯で、今年に入ってから、意識不明の行倒れが頻発していた。。
最初は何かの中毒か?と、思われたが、患者からは、何の毒物も検出されない。
それでいて、何時までも意識が戻らない。
最初に病院に運ばれたのは、近隣の農家の男性で、
「森で、山菜を取ってくる。」
と言って、森に入ったまま、帰ってこなかった。
其の男性を皮切りに、隣接する湿地帯、可なり離れた、山岳部でも、意識不明の行倒れが、発生していた。
様々な医療関係者が、此の奇病を診ていたが、コレと言う原因を掴めないまま、今日に至っている。
シャ・カ執政官の下へも、様々な医療機関んから、此の奇病に関する、報告書が上がって来たが、他にも色々な案件を処理しなければならず、此の奇病に関する事は、特別対策班を作って、其処に、対応させた。
其の対策班からの、報告書が上がって来たのである。
其によると、例の奇病の、原因と思われる物が特定出来たらしい。
詳しい話を聴くため、シャ・カ執政官は、対策班の班長を呼んだ。
特別医療対策班の班長、医学博士のミ・ロクは、ある人物を連れて、シャ・カ執政官に面会した。
ミ・ロクはシャ・カに、傍らの人物を紹介した。
其の人物、名をギュ・カークと言った。
其の風体、短く刈り上げた髪は、キツいカールが掛かり、浅黒い肌色と、彫りの深い顔付き。
やや痩せ型の体躯は、異様と言って良い程、背が高かった。
「ひょっとしたら、南部の人ですか?」
シャ、カは、其の長身の男に尋ねた。
「はい。南部のガーダの出で、今は、此方のパーシズで暮らしております。」
ギュと名のった其の男は、深々と頭を下げた。
「それで、この度のさわぎに、何か心当りがおありとか?」
「実は、……。」
ギュ・カークは、多少口ごもりながら、事の顛末を語りだした。
ギュ・カークによれば、謎の奇病の原因は、反人間の所為だ言う。
反人間。
シャ・カは、目を見開いた。
「話しには、聞いたことがある。」
反人間は、人類発祥と供に存在し、人類とは正反対の存在で、一人でも居ると、周りの人間は著しく、生命力が減衰すると言う。
「テッキリ、伝説上の物だとて……。」
「反人間は、実在するのです。」
シャ・カの問い掛けに、ギュ・カークは答えた。しかも彼の家系は、代々反人間を使役出来るのだ、と言う。
「私は、出来ないのですが……。」
ギュ・カークは、そう前置きして、自分達の歴史を話し出した。
ギュの一族は、南部のガーダ、南部でも可なり奥地に住んでいた。
主として、農耕を営み、特産品のクラ米等を、栽培して暮らしていた。
彼の十数代前の当主が、ある日奇妙な家族を連れてきた。
高齢であろう男性を頭に、老若男女十人程度。
其れに僅かな家畜をつれて、ギュ達が営む農園にやって来た。
ギュ家の、当時の当主ムラは、細々と農園を営んでいたギュ家を、一帯を取り仕切る大農場にした、大物だった。
そのギュ家の大立者、ギュ・ムラが何処から連れてきた謎の一族。
其れが反人、ハン一族だった。
ハン一族は、反人と言う事を隠して、ジプシーの様に各地を流浪して暮らしていた。
其れをムラが見つけて、連れてきたのだ。
ハン一族は、全員頭巾を被っていた。
黒字に錦糸で、細かな刺繍がしてあり、一人一人違うモチーフで、動物の姿をデザイン化したものだった。
ハン一族は、占いを生業としていた。
特に、族長のアイオウの占いは、外れたことがなく、村の内外、果ては国中からアイオウに観てもらいに、ギュ家の農園に、詰め掛けた。
「反人と暮らして、何とも無かったのですか?」
話の途中でシャ・カが、質問をした。
「私も話でしか、聞いたことがないのですが……。」
ギュ・カークはそう言うと、何故反人と暮らして、何とも無いかを語りだした。
秘密は頭巾に有った。
反人に被せたその頭巾は、特殊な鉱物が編み込まれていた。
ハン一族を連れてきた、ムラは誰かから聞いたのか、それとも自ら編み出したのか、兎に角、特殊な鉱物を編み込んだ頭巾のお陰で、ハン一族の、反人の影響を、最小限にする事が出来たと言う。
「ギュ・ムラからいろいろあって、今代のギュ農園の当主は、私の兄ギュ・テムがなったのですが……。」
ギュ・カークは、若い頃に南部から西部に移り住んで、暫く様子を見てなかったが、久しぶりに兄のテムから連絡があって、カークは故郷を訪れた。
そして、ギュ・カークは、愕然となった。
「農園が、無くなっていたんです。」
何が起きたのか?全く理解出来なかった。
子供の頃に、遊び回った裏山や藪、家畜たちを飼っていた畜舎。
広大だった、田畑や牧草地。
そして、懐かしの実家。
そのどれもが、ゴッソリと、まるで抉られたように、無くなっていたのである。
ギュ・カークは、両の拳を握りしめていた。
近隣を聞きまわった末、数週間前に突如として、農園が消失。暮らしていた家族や、使用人等も、行方が知れないと言われた。
「お兄さんは、どんな用で……?」
カークの話を聞いていたシャ・カは、一寸涙ぐんでいるカークに、話を促す意味で尋ねた。
「ああ、失礼。例の反人の一族について、相談があると言うので……。」
カークがテムから、連絡を貰ったのが約2ヶ月前。近いうちに、此方に来てくれ。と、手紙を貰った。
仕事の都合もあり、一月ほど伸び伸びになっていたが、何とか都合が付いて、故郷に帰ったら、この有様で。
「反人の一族に、何か有ったのですか?」
カークの話が、堂々巡りしないよう、それとなく質問を繰り出す、シャ・カであった。
「反人と言うのは、可なり長生きの人種で、病気や、怪我でもしない限り、平気で200歳位生きるのです。」
実際長老のアイオウは、ムラと出会った時点で、500歳を超えていたらしい。
「でも、長寿と言うことは、繁殖し辛いと言う事でも、有ったんです。」
兄のテムが、カークに相談と言うのも、其れの事であった。
ムラの代から、十数代。
流石のアイオウも、数代後の当主の時に、往生した。
人間が、10の代の時を重ねている時に、反人達は、僅か2・3代で済んでしまう。
しかし、生物であるが故に、当然死が付き纏う。
ハン一族が、ギュ家に来てから数百年。アイオウが死に、次の長老も死んで、当代のハン一族の長老が、コードと言った。
このコードと言う長老が、曲者だった。
ハン一族の人数が、この数百年の間に、少しづつ減っていった。
「確かに、私がガーダに暮らしていた時は、4人しか居ませんでした。」
カークは、そう言った。
長生きの生物が、(全て、ではないが)繁殖力が強く無いのは、当然で。現行の生物で、長生きで有名なのが、ガラパゴスゾウガメだが、彼らも繁殖力が弱い生き物で、同じ陸亀科で小形のパンケーキ亀等、沢山卵を生む。
ゾウガメも結構数を生むが、有精卵の数がかなり少ない。
反人も、子孫の数が多くない。
ほっといたら、絶滅は必至だろう。
「ムラの時代から、ハン一族に付いて、気をつける事が言い伝えられて……。」
カークが言うには、反人、特にハン一族が絶滅すると、大厄災が世界を覆う。だから、ハン一族を守らなければならない。
反人について、いろいろ話を聞いていたシャ・カは、
「それで、今の族長のコードと言うのは、どんな男なんです。」
カークは一寸考えてから、口を開いた。
「コードは、まだ年若い男で、何を考えているか、分からない男でした。其れに……。」
コードは時々、かなり遠くまで出歩く事があり、ギュ家の人々をかなり心配させた。
そのコードが族長の時には、ハン一族は半分の人数になっていて、族長のコードと前族長の妻であったニハ。コードの妻のロサ、そしてコードとロサの娘で、一番最年少のクムの四人になっていた。
「兄からの手紙に、最年少のクムについて、いろいろ相談があると。そして、コードからも相談されている様で……。」
詰まり、コードの娘クムの、婿探しが用件らしい。
反人の各主族も、大分数が少なくなっていて、このままほっといたら、絶滅待ったなし。
かと言って、普通の人間には、反人との結婚生活は成り立たない。
反人と人類では、どうしても反人が克ってしまう。
「しかし、例外も有りまして……。」
カークが言うには、反人と人類のハイブリッドが、過去には何人もいて。
しかも高位ハイブリッド種も、少なくないそうだ。
実際ハン一族にも、過去には何人かいたらしい。
ただ、ハイブリッド種も万能ではなく、多くの場合、子孫に恵まれない。
其れでも、希望がない訳ではない。
先々代の族長、アイオウが正に人類と反人のハイブリッドで、四人の子宝に恵まれていた。
反人は、妊娠期間が人類より、倍の時間が必要なため、人類の女性が反人の子を身籠っても、母体が保たないらしい。
だが、反人の女性なら、人類の男との子供を身籠り、産むことが可能なのだ。
詰まりテムの話とは、クムの婿探しの事なのであった。
「ところが、実家が無くなってしまい、ハン一族も行方不明。」
と、ここまで聞いていて、
「もしかして、今度の奇病の原因は……。」
と、シャ・カか、口を開いた。
「そうなんです。今度の奇病の原因は、間違いなくハン一族。それも、女性のハン一族。」
それが証拠に、病に倒れたのは、全員男。多分、反人とマグワったのだ。
伝説に言う、直接の接触が著しく生命力を削がれる。
そして反人は、行方不明。
そうなると気掛かりなのは、ギュ・ムラの言いつけだ。
「反人が絶滅すると、大厄災が世界を覆う。」
どう言う意味か、まだ分からない。
しかし、事は重大な局面である事は、間違いなかった。
「分かりました、特別対策班を設けて、ハン一族を追跡しましょう。」
シャ・カはそう言うと、
「ミ・ロク博士は、カークさんから詳しい事を聞いて、病人の対処を。」
そう言って二人を、送り出した。
二人を送り出して、執務室に残ったシャ・カは、しばし考えて、
「あの兄弟に、任せるか?」
と、呟いた。
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