第十一章 大いなる帰還

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第十一章 大いなる帰還

  ゴ・クウには、全てが赤く見えていた。  天空に出現した、巨大な目から放たれた赤い光の所為で、何もかもが、真っ赤だった。  ただ一つ、金色の羽衣を纏っているハン・クムだけが、妖しい色調の姿で、奇妙な舞を踊っていた。 「おい…、クム嬢?大天界期は、もう始まっているのい?」 ゴ・クウは、真っ赤な背景の中、奇妙な舞を舞っているハン・クムに身動き出来ない身で、そう問いかけた。ハン・クムは、ちょっと困惑した顔をして、ゴ・クウを見やった。 「何か変じゃ、伝承では既に天空の梯子が降りてくるのだが…?」 「天空の梯子?」 天空の梯子とは?ゴ・クウの頭の中で、その言葉が逡巡する。  だが、其れは突然やってきた。  唐突に赤い光が失せ、ゴ・クウの両目に、何もかもがハッキリと映った。 「此れが、天空の梯子なのか?」 ゴ・クウは、呟いた。  赤い光の空間が消え、何もかもが鮮明になると同時に、一本の光の帯が、ゴ・クウの眼前に降りてきた。 「ああ、此れが天空の梯子!皆、共に行こうぞ、本来の世界へ!」 ハン・クムが、高らかに宣言した。  いつの間に集まったのだろう、ハン・クムが描いた紋様の周りに、無数のクルサルが集結していた。其れと同時に、その天空の梯子が、ゴ・クウと一体化した。 「全ての異界なるものよ、道を拓く我に続かん!」 ハン・クムがそう叫ぶや、ハン・クムを覆っていた金の粒が、大きな翼のように広がり、ハン・クムを天空へと、舞い上がらせた。  大小様々なクルサルが、ゴ・クウを踏みつけながら、梯子を登り始めた。  便宜上、梯子と言っているが、光の柱である。  ゴ・クウと一体化して、梯子の様に空に掛かっているのだ。 「さあ、登れ登れ、地上を這い回る者共よ。登れ登れ、世界を違えし者共よ。千年に一度の、天界期。千年に一度の、大天界期。さあ、登れ登れこの世に残されし、クルサルの子らよ!」 金色の翼をはためかせ、次々と梯子を登るクルサルを急かすように、ハン・クムが奇妙な歌を歌っている。  クルサル共が粗方登りきったところで、大地に激震が起こった。 「な?なんだ?」 激しく揺れる大地に、ゴ・クウは面食らった。 バギンッ! 意気なり、ゴ・クウが寝そべっていた地面、と言うか、牛岩の頭部が割けた! 「うおおぉぉ?」 ゴ・クウの身体が、真下に沈む瞬間、何者かがゴ・クウの身体を引っ張りあげた。 「アニキ、大丈夫ですか?」 それはゴ・クウ弟、ゴ・ジョウであった。  ゴ・ジョウはゴ・クウの身体を抱きかかえ、崩れ残った岩牛クルサルの端に飛び退いていた。 「おお、ジョウ!良いところに来た。さっさと此処を離れるぞ。」 ゴ・クウはそう言って、身を起こした。 「お?身体が動く!」 さっきまで、自由に動かなかった身体が、今はなんの違和感もなく自由に動く。 「ジョウ!ノウの方を頼む!」 ゴ・クウはそう叫んで、岩砕杖を引っ掴むや、未だ宙を舞っているハン・クム目掛けて、大地?を蹴った。  ハン・クムを、打ち据えるのかと思いきや、ハネ状に広がった、あの金の輪、死鬼輪を叩き折ろうとしたのだが、 ガキン! と言う音と共に、弾き飛ばされた。 「ゴ・クウ殿、お別れじゃ。我らは此の地を去る。」 ハン・クムはそう言って、大空へと舞い上がって、小さくなっていった。 「クム殿ぉぉ!」 ゴ・クウは、叫びながら地上に落ちていった。  ゴ・ジョウは、気を失っているゴ・ノウを担いで、巨大なクルサルを駆け降りた。  身長2m弱、体重も二百キロ近いゴ・ノウを、担ぎ上げるジョウ。  見かけに依らず、大変な力持ちだ。  そのゴ・ノウを、巨大クルサルの真下まで下ろし、ゴ・ジョウは岩牛を見上げた。  もう既に、半分くらい崩壊している岩牛の、更に真上から、何かが叫びながら落ちてきた。  ゴ・クウであった。  ゴ・クウは、落ちて来ながら、岩砕杖をアチコチに叩きつけ、落下速度を軽減しつつ、軽やかに地面へと着地した。 「おう、ゴ・ジョウ、もっと遠くへ離れるぞ!」 そう言って今度は、ゴ・クウがゴ・ノウを担いで、走り出した。  途中、見知った貨物車が、停まっていた。 「ゴ・クウの、アニキ!あの車。」 ゴ・ジョウが、それを指さした。 「よっしゃ、遣わせて貰おう。」 ゴ・クム達が近寄ると、ジャイ・アンフツが買い取った、あの貨物車であった。  中を覗くと、ジャイのところのトウとか言う若い衆が、伸びていた。  おおよその事情は、理解できる。ハン・クムの仕業である。言葉巧みに、或いは色仕掛けで、トウを利用したのだろう。 「こいつも、懲りねえな!」 ゴ・クウが、呆れ気味に吐き捨てた。  そのトウを、助手席に押しやって、運転席にゴ・クウは乗り込んだ。ジョウも荷台にノウを乗せて、スッと乗り込む。 「準備OK!」 ジョウの合図で、貨物車を急発進させる。  砂煙を舞い上がらせて、弾丸のように貨物車が突っ走って行く。  しばらく貨物車を走らせていくと、似たような貨物車が、集まっている場所に出た。 「ジャイの旦那、忘れ物を届けに来たぜ!」 ゴ・クウは、ジャイ・アンフツの目の前に貨物車を停めて、親指を立てて、そう言った。  ゴ・クウと、ジャイ・アンフツが、今度の仕事の収支に付いて、話し合っていた時、異様な地響きが伝わってきた。 「なんだ?あれは?」 ジャイ・アンフツが、遥か向こうを指さした。 「え?何?」 その場にいた全員が、ジャイの指さす方を見た。  なんと、さっきまで瓦礫の山と化したキンギン鉱山が、轟音を立てて、真上に吸い上げられて行っているのだ!  あの巨大な、岩牛の残骸はおろか、キンギン鉱山の山その物が、天空の巨大な目に、吸い上げられて行っているのだ!  少し前にギュ農園の、巨大な爪痕を目撃したゴ・クウだったが、ギュ農園を襲った一連の異常事態の正体が、目の前で繰り広げられている現象なのであった。 「此れが、大天界期か…。」  大天界期。  此の世界に居るクルサルが、あっちの世界へ帰る際、此の世界の物質を少なからず持っていってしまう。  其が天界期で、ゴ・クウ達の目の前で起きているのは、先年に一度あるか無いかの、大天界期なのであった。 「だけど此れで、ハン一族は、元の世界に帰ることが出来たんだな。」 ゴ・クウは、ポツリと呟いた。  ゴ・クウのやや感傷的な呟きに、 「クウのアニキ。」 不意にゴ・ジョウが、口を挟む。 「なんだ?ジョウ。」 ゴ・クウが、何の用か?と、顔を向けた。 「俺思うんだけど、アニキ、時々マヌケだよね?」 「なんだと?」 ゴ・クウの眉間に、シワが依る。明らかに怒気が、孕んでいる。 「いやぁ、怒らないで聞いてくれよ。さっきアニキを助けた時に、アニキ、半裸だったよね?」 ゴ・ジョウは、半裸がマヌケだ!と、言いたいんじゃなくて、そう言う状況だと、普通半裸になるのは、クム嬢の方なんじゃないのか?  そう言いたいらしい。 「ぬかせ!」 ゴ・クウは声を荒げて、ジョウを叱責したが、 「おい、ノウには言うなよ!」 ゴ・クウはそう言って、ジョウを睨んだ。
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