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第五章 暁の大追跡。
まだ明けやらぬ砂漠の真ん中を、ゴ・クウ達は、南に走っていた。
大型の鉄馬二台と、砂漠橇一台が、砂埃を巻き上げながら。
ジャイ・アンフツが、廻してくれた鉄馬は、荒れ地だろうと砂地だろうと、委細構わず突き進んだ。
空には、満月に変わり朝日が昇りつつある。
宿屋を出て、まだ小一時間。かなりの距離を進んだようだ。だが上空には、あの怪鳥が、ハン・クムをぶら下げて、飛んでいるのだ。
ゴ・クウの任務は、クムをガロン研究所に連れて行く事だから、途中で攫われたなんて、沽券に関わるのだ。
「兄貴、後1キロで、国境だ。」
後方、橇に乗ったジョウから、無線が入る。
幾ら、国家的事案でも、国境を強行突破なぞ、剣呑である。
まともな手続きを踏んでいたら、クムを見失ってしまう。
「こうなったら、一か八かだ!」
ゴ・クウはそう言うと、
「ジョウ!アレやれるか?」
と、ジョウに尋ねた。
「約30秒で、セットアップ。」
と、返答が来る。
「ノウ!一気に捲くるぞ。」
ゴ・クウが、鉄馬つのアクセルを開ける、全開である。ゴ・クウとノウの鉄馬が、グンとスピード上げる。
それと合わせるように、ジョウは橇のスピードを軽く落とした。
ジョウがいつも携行している、ブリーフケースが有る。
ジョウは西部治安軍、情報二課に所属しているので、何種類かの秘密道具を常に携帯している。
そのブリーフケースの中に、折りたたみ式のボウガンが入っていた。
其れを取り出し、器用に橇を操りながら、ボウガンをセットアップ。何種類かの矢の中から、太めの矢をボウガンに番えた。
「兄貴!シュートOK!」
ジョウが吠える。
「GO SHOOT!」
ゴ・クウが、サインイン!
カチッ!
ジョウが、ゴウガンのトリガーを絞った。金色の尾を引いて、怪鳥目掛けて、金色の矢が、一直線に飛んでいく。
パシッ!
短い衝撃音と共に、先頭を飛んでいた怪鳥が、もんどり打って急降下した。
「ヒット!」
ジョウが叫ぶ。
其の怪鳥の墜落ポイントには、既にノウが回り込んでいた。
「おりゃあぁぁぁっ」
跨がっていた鉄馬を蹴って、ノウが大きくジャンプ!
落ちてくる怪鳥とハン・クムを、怪鳥に蹴りを入れつつ、ハン・クムをキャッチ。
其の刹那、残りの2羽が、ノウとクムを急襲。
「ウワッチャオ!」
ノウと同時に後ろから、飛び上がっていたゴ・クウが、いつの間にか手にしていた棒状の武器で、残りの2羽を撃ち落とす。
ザンッ、ドササッ!
ゴ・クウとクムを抱えたノウ、それに怪鳥3羽が、同時に着地した。
ゴ・クウとノウは、しっかりと足から着地。怪鳥共は、頭から地面に突き刺さった。
其処へジョウの橇が、滑り込んできた。
「ジョウ!ナイスショット!」
ゴ・クウが親指を立てて、ジョウを称える。それにニヒルな笑顔で、答えるジョウであった。
取り敢えず、気絶して正気の戻らないクムを橇の荷台に乗せて、ゴ・クウ達は砂漠を更に南へと走るのだった。
砂漠を走りながら、
「あの変な鳥が、クム嬢の言っていた、クルサルなのかな?」
ノウがポツリと言う。
「さあな、だがクムが狙われている事は、確かになった。」
ゴ・クウが、厳しい表情でソレに答えた。
ゆっくりとした速度で数分走ると、国境の検問所が見えて来た。
「予定していた所より、だいぶ西にヨレたが、まぁいいだろ。」
ゴ・クウはそう言って、鉄馬に跨ったまま、検問所の門を叩いた。
直ぐに検問所の窓が開き、係官が顔を出した。
「ご苦労さまです、通行証の提示をお願いします。」
年若の係官が、出てきて指示をする。ゴ・クウがジャケットの内側から、パスケースを取り出して、係官に手渡す。チラッと目を通して、
「西部の、政府用員の方ですね、連絡は受けてます。念の為、重要人物の確認を……。」
そう言いかけて、係官はゴ・クウの後ろ、砂漠橇の方を見た。
その動きにつられ、ゴ・クウも後ろを見る。橇の荷台にいたハン・クムが、ムクリと起き上がっていた。
「あ、いかん!」
と、ゴ・クウは思った。実際口にも出ていた。が、遅かった。
暫く間が空いて、その若い係官は、その場に卒倒した。
「ジョウ!クム嬢に頭巾を。」
ジョウに指示をして、ゴ・クウは、素早く鉄馬を降りると、係官に駆け寄る。係官の顔を覗き込んで、
「このくらいなら、大丈夫だな。」
そう言いながら、係官を抱き起こし、パンパンッと、頬を叩く。
「おい、しっかりしろ!」
と、声を掛けた。
暫くして、その若い係官が、気を取り戻した。
「ん?どうした?徹夜明けか。」
ゴ・クウがわざとらしく、声を掛ける。
若い係官が、恥ずかしそうに、身なりを整えて、立ち上がる。
「あぁ、スイマセン。ちょっと疲れていたようです。」
「仕事を頑張るのはいいけど、加減を考えないとな。」
ゴ・クウが更に、わざとらしく言う。
小男のゴ・クウだが、声にはかなりの音圧がある。並の体格の男等、一声で機先を制することが出来る。
若い係官は、ゴ・クウが差し出した通行証にチェックを入れて、一行を南部領内に引き入れた。
国境の検問所を過ぎて、ゴ・クウ達一行は、鉄馬と橇の速度をかなり下げて、南部の平野を流していた。
「危なかったな、あの兄ちゃん。」
ゴ・ノウが、何故かニヤけながら言う。ハン・クムに絡む他人が、情けない目に会うのが、楽しいらしい。
「何だろな?こう言うのは。」
何か、諺に絡めて、上手いことを言いたい様だが、上手く言えない。
「なんだって良いよ。取り敢えず、ギュ農園に行くぜ。」
そう言ってゴ・クウは、ハン・クムに目をやった。
橇の荷台の上で、朝日を浴びているクムは、一瞬神々しく見えた。
ハン・クムが反人と知らなければ、誰もがその美しさに、目を奪われていたであろう。
「クム嬢、ギュ農園に行く道は、こっちで良いのかい?」
大きな三叉路で、左に主市ガナンと書かれた標識が見えた。
「あぁ、此処からは、一本道。右の道を行って、あの山を越えたあたりが、ギュ農園だの。」
そう言ってクムは、右前方の山を指差した。
大きく、クネリながら続く道の向こうに、奇妙な形の山が居座っていた。
まるで、大きな牛が、立ちはだかっているようだった。
「あの雄牛山の、向こう一帯がギュ家の敷地。」
クムはそう言うと、
「クウ殿済まぬが、馬を止めてくれぬか?」
クムは鉄馬を停めさせた。
ゴ・クウはクムの言う通り、鉄馬を広い道の端に止めた。するとクムは、サッと橇を降りると、道端に転がっていた黒っぽい小石を何個か、拾い上げた。
「何ですかク厶殿?」
ジョウが興味深げに、覗き込む。
「さっきあのバケ鳥に、攫われたときに、うっかり商売道具の時見石を落としてしまってな。」
そう言って、拾い上げた小石を、しげしげと見つめて、一つだけ頭巾の中に差し込んで、残りは放り投げた。
「何か、特別な物なんですか?」
ジョウが、更に伺う。
「なに、材質は特に拘らない。相性の良い石が手に入れば、それで良い。」
そう言って、また橇に乗り込んだ。
「では、行こうかの!」
そう言って、ゴ・クウ一行を促した。
其処には、只々荒れ地が、広がっていた。
雄牛山を越える、広めの峠道の頂点から、真下に広陵とした、田畑が見える筈であった。
ところが、眼下に広がる耕作地は、大きな爪に抉られたかのように、裂け。牧草どころか、ペンペン草も生えてない。
「非道えな、コリャ。」
ゴ・クウが、ポツリと呟く。
「此処が、ギュ農園なんですか?」
ジョウが、遠慮気味に聞く。
ハン・クムは遠くを見つめて、
「あの、大きな木の根本に、私が300年以上も暮らした、家があった。」
クムは、そう言ってジョウを見て、悲しく微笑んだ。
ゴ・クウ達一行は、峠道を降りて、農園に続く小路へと、入って行く。
農園の入り口に、申し訳程度の門が建てられて、その周りを藪が覆っている。門には真新しい門扉が、取り付けられていた。
「クム嬢?誰か住でいるようですな。」
ゴ・クウは、ちょっと怪しんだ。
シャ・カ執政官からの報告書に、ギュ農園が厄災に襲われたのが、今年の初めあたり。兄弟の、ギュ・カークが様子を見に来た時には、既に農園は、めちゃくちゃになっていた。
門扉には、鍵はかかっておらず、軽く引いただけで、扉は開いた。
ゴ・クウは用心深く、中を覗いた。
扉の向こうは、峠から見たまんまだが、綺麗に掃除がされているのが気になった。
「とにかく、中へ。」
ハン・クムが一行を促す。
ゴ・クウ達は門の中に入り、鉄馬と橇を、門扉の陰に置くと、なだらかな上り坂を歩き出した。
坂を登りながら、周りの状況をつぶさに観察するゴ・クウは、さっきから感じている違和感が、ピークに達していることに気がついた。
門扉が真新しいのと、道が掃除がされている事から、誰かが住んでいるのは、間違いない。しかも、かなりの人数だ。
その割に、田畑は荒れ放題。まぁ、めちゃくちゃに裂けた田畑を、もとのように使える様にするには、2年くらいは掛かりそうだ。
小高い丘を登り切ると、目の前に大きな杉の木と、小さな小屋が現れた。
「クム嬢、ここがあなたの、暮らしていた、所なのか?」
ゴ・クウの問い掛けに、
「そう、去年の暮れまで、ここに居た。」
そう言って、小屋の中に入って行った。小屋の中で、何かを探している。
「クウ殿、ノウ殿。ちょっと力を貸して、くれんか?」
小屋の中で、クムが呼んでいる。
ゴ・クウとノウが、小屋の中に入っていくと、設えてある暖炉の側で、ハン・クムが何かを持ち上げようとしている。
「おい、ノウ!」
ゴ・クウがノウに、手伝ってやれ、と、合図をする。
「へへへ、ちょっとゴメンよ。」
ゴ・ノウが、クムを横へ退かして、クムが持ち上げようとしていた物を、軽々と持ち上げた。
「なんだい?コイツは。」
ゴ・ノウは持ち上げたソイツを、しげしげと見つめた。
ソイツは、真っ黒な鉄で出来ていて、縦長の細いスツールの様に見えた。
「ちょっとそのまま、持っていて。」
クムはそう言って、その縦長のスツールの様な物の、下部にあったレバーを押し下げた。
ガクッと音がして、細長いスツールの様な物が、パカッと開いた。
クムはノウに、ソレを部屋の真ん中に置くよう指示した。
部屋の真ん中に置かれたソレは、丸いテーブルの骨の様に見えた。
「ノウ殿、梁に掛けてある、その包を取ってたもれ。」
「え?コレですかい?」
ノウが梁に掛かっていた、包をヒョイッと掴んで手渡す。
その包の中から、色とりどりの刺繍を施された布を取り出しながら、
「クウ殿、そこにある手水鉢をこの上に。」
クムは、部屋の隅に転がっていた、手水鉢を指差して、そう言った。
「それからノウ殿、裏の井戸から手桶一杯の水を、お願いします。」
指示されたように、ノウが井戸から水を汲んでくると、クムの足元にその桶を置いた。
クムは、暖炉の上に伏せられていたカップを手に取ると、足元の桶からカップで一救いづつ、テーブルの上の手水鉢に水を注ぎ入れた。
その都度、カップに口を寄せ、
「ヒソヒソヒソ……。」
と、何かを呟きながら、その動作を繰り返していた。
やがて、手水鉢に水が7分までになったところで、自分の頭に差していた簪を引き抜くや、手水鉢の上で、クルクルと振り始めた。
それと同時に、被っていた頭巾の中から、さっき拾った小石を、手水鉢の中に投げ入れた。
「ひとつ回して、先を見て。二つ回して、過去を見る。」
クムは呪文の様に、その言葉を繰り返して、囁いた。
ゴ・クウ達は魅入られた様に、その儀式を唯唯見つめていた。
「クウの兄貴、誰か来たようだぜ。」
外にいたジョウが、そう言って中に入ってきた。
ゴ・クウは、クムの様子が気になったが、小屋の外へ出て、ジョウが指差す方を見た。
ゴ・クウ達が来た方から、駱駝に乗った何者かが、近づいてきた。
ゴ・クウ達は、小屋の陰に隠れて様子を伺う事にした。
近付いてきた駱駝は、三頭。
この辺りは、ステップ気候なので、駱駝が飼われている事が多い。
小屋に近付いた駱駝から、三人の男女が降りてきた。
一人は背の高い、初老の男性。 一人は、中背のガッシリとした、青年。
そしてもう一人は、年の頃24~5の御婦人。遠目にも、妙に艶っぽい。
三人は、小屋の手前で立ち止まった。
誰かが、小屋の中にいるのに、気がついたのである。
「誰だ!誰かいるのか?」
青年が、声を張り上げる。
青年の声に答えるように、小屋の中から、ハン・クムが姿を現した。
「クム姉様!」
青年の後ろに居た御婦人が、驚いたような声を挙げた。
その御婦人は、ハン・クムに駆け寄り、その足元にすがり付いた。
「ああ、姉様。やっばり帰って来てくれたのですね。」
その御婦人は、歓喜の涙を流して、泣き崩れた。
「まあ、ミャオ。ミャオ嬢ちゃん。」
ハン・クムは、その御婦人を抱き抱える様に、手を置いた。
「クム殿、此方の方々は?」
様子を見ていたゴ・クウとジョウは、小屋の陰から出て、クムに事情を聞いたのだった。
「彼女は、ギュ・ミャオ。此の農園の御息女で、跡取り娘。」
ハン・クムはそう言うと、ギュ・ミャオを立ち上がらせた。
「姉様、此方の方々は?」
今度は、ギュ・ミャオの方から、ゴ・クウ達に質問が返された。
「此方は、私を送り届けてくれた、西部の役人の方々で……。」
と、其処までクムが言うと、
「西部特別機動部隊、隊長のゴ・クウです。」
と、自己紹介した。
「同じく、ゴ・ジョウです。」
ゴ・クウの後ろにいた、ジョウが挨拶をする。
「同じく、」
のそりと、ゴ・クウの後ろから、大男が現れた。
「西部特別機動部隊、副隊長、ゴ・ノウです。」
ゴ・ノウが、偉そうに前へ出た。
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