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第七章 クルサル。
ゴ・クウとジョウは、ギュ農園の外れ、もう少し先は砂漠、と言う所にいた。まだ夜明け前で、辺りは静寂が支配して、時おり吹く風が、辺りを脅かしていた。
「ジョウ、この辺りかな?」
不意にゴ・クウが、声を上げた。
「多分、この辺りのはず。」
ゴ・ジョウが、微妙な相槌を打つ。
ここに来る前に、ハン・クムにクルサルがやって来る方向と、時間を占って貰っていた。
此の旅を通じて、ハン・クムの占いに少なからず信頼している、ゴ・クウであった。
「夜明け前の、北西の方から、大勢の影がやって来る。」
ハン・クムの占いに、そう出ていた。
「ああそうだ、ジョウ。ジンバチを撒いといてくれ!」
「クウの兄貴、言われるまでも無い。」
ゴ・クウの問に、ジョウは胸を叩いて答えた。
ジンバチと言うのは、ジョウの七つ道具の1つ。蜂の形をした、超小型偵察機械である。
ゴ・クウ達はここに来るまでに、屋敷の周辺や、農園のあちらこちらに、色々な観測機器やら、簡単な罠を仕掛けながら来ていた。
「こんな罠に、引っ掛かってくれる奴なら、気が楽なんだが。」
罠を仕掛けながら、ゴ・クウがぼやく。
「やらないよりは、マシでしょう。屋敷の方は、ノウの兄貴だけで、大丈夫でしょうし。」
ぼやくゴ・クウに、ジョウが慰めの声を掛ける。
そして、最後の仕上げが、特殊観測機器、ジンバチであった。
西部軍情報二課が開発した、特殊装備の1つ。特殊観測機器と言っても、丸っきりな機械仕掛けではなく、90%は生体のスズメバチ。勿論、野生のスズメバチではなく、遺伝子改良したスズメバチに、超小型カメラと、発振器を装着して、特殊な酵素と誘引分子で起動させる。
しばらくすると、北の方から大勢の何かが、走ってくる音が響いて来た。
「来たな!」
ゴ・クウは立ち上がると、腰のベルトをポンと、叩いた。
叩かれたベルトは、バッと伸びて、長い一本の棒になった。
これぞゴ・クウの特殊装備、変幻自在の特殊警棒。その名も、岩砕杖。
最前線の数頭が、地面を蹴って襲いかかってきた。
ゴ・クウは岩砕杖を、真横に一閃。
怪しげな四つ足どもが、バタバタと地に伏す。
ゴ・ジョウの方も、鎖の付いた分銅を振り回し、飛び掛かってくる獣どもを、バッタバッタと薙ぎ倒す。
と、獣どもの動きが、ピタリと止まり、ジリジリと後じさる。
ピー!
何か、笛のような音が鳴った。
獣たちが、一斉に退却した。
「ジョウ!気を付けろ。奴ら訓練されてやがる。屋敷に徒って返すぞ。」
そう言うと、ゴ・クウは屋敷に向けて、走り出した。
ゴ・ノウは、シャトーギュの屋敷の前で、仁王立ちになっていた。
ゴ・クウに言われて、屋敷の警備に独り屋敷の前に立っているのである。
だが、先程から頻りに、何かを呟いている。
「なぁんか、淋しいなぁ。ぶつぶつ……。」
仁王立ちのまま、
「こんな時こそ、クムちゃんの差し入れなんかが、……。」
なかなか、面倒くさい性格だ。
警備に立ったのは良いが、何にも現れないから、手持ち無沙汰で、緊張感を維持するのが、大変なのである。
ゴ・クウ達が農園の端へと、出てから半時くらいか、ナニも現れないので、緊張感が保てない。
其れでも健気に、仁王立ちである。
健気な、仁王立ち。なかなか笑えてしまうが、本人は至って真面目だ。
と、その時、直ぐ近くで大きなものが落ちる音が轟いた。
ゴ・ノウが其方の方に、気を注ぐ。
ゴ・ノウが立っていた場所から、100メートル位の所に、何かモッサリとした影が立ち上がっていた。
ゴ・ノウは透かさず、その影目掛けて飛び掛かっていた。
「ずおおおりゃああぁ!」
気合いと共に、ゴ・ノウの巨体が空を飛び、丸太の様なデカイ脚が、巨影の頭部に食い込んだ!
しかしその刹那、その影の腕がゴ・ノウの巨体を弾き飛ばした。
「うおっ!」
弾き飛ばされたゴ・ノウは、空中で一回転、脚から着地して、再度影に襲いかかる。
今度は影に当たる瞬間に、足元に低空タックルを敢行。影の膝下を抱え込んで、両手狩り、朽ち木倒しを決めた。
ドオオオン!
重苦しい音を響かせて、その影は横倒しになった。
ゴ・ノウはそのまま押さえ込んで、はだか締めで、仕留めようとしたが、何とその巨体の影は、胴をひねってうつ伏せになり、ゴ・ノウのはだか締めから脱して、逆にゴ・ノウに低空の回し蹴りを仕掛けてきた。
「コイツ、マーシャルアーツか?」
ゴ・ノウは少し驚いた。
「只の野生動物じゃあないな!」
大体、二本足で立ち上がる、野生動物は多くない。
現在種で、常時二足歩行なのは、人類と鳥類だけで、直立歩行なのは、人類だけである。
猿とかも、二足歩行はするが、基本は四足歩行である。
熊も二本足で立ち上がるが、基本は四足歩行である。
ゴ・ノウの目の前にいる、黒い影は、始めから二足歩行で、挑んできた。
先ほど組み合った感触では、決して人類の其れでは、無かったようで、ゴ・ノウが攻めに、二の足を踏んでいるのは、そのためである。
ゴ・ノウは軍に入隊する前から、格闘技を習っていた。
初めは、長兄ゴ・クウの真似から始まったのだが、そのうち自分の持ち味を最大限に発揮できる、組み打ち系の技を身に付けていった。
だから、ゴ・ノウのファイトスタイルは、打撃戦より極め技を重視の、レスリングスタイルとなった。
因みに、ゴ・クウは打撃に特化した、シュートスタイル。ゴ・ジョウは、暗器。隠し武器を得意としている。
ゴ・ノウが、攻めあぐねているのを目越したか、目の前の影が、ぐっと前に突き出てきた。
「うおっ!」
ゴ・ノウは、マトモに組み合った。
組んだ途端に、強烈なプレッシャーに襲われた。
今まで感じたことの無い、強烈な圧力。丹田、臍の下辺りに有る、気合を集めるツボと言われる処に、ありったけの気を集めてないと、何処かに飛ばされてしまいそうな、そんな感じを禁じ得ない。
「エエイ、ヤアアァ!」
烈帛の気合と共に、巴投げの要領で、ゴ・ノウは巨影を投げ飛ばした。
影はそのまま、農園の廻りに有った、藪の中へと姿を消した。
数瞬の静寂が、辺りを支配した。
「あれが、クルサルか?」
緊張が途切れて、ゴ・ノウが独り語ちた。その時であった。
「おいノウ、大丈夫か?」
農園の向こうから、ゴ・クウ達が走ってきた。
「ノウ気を付けろ、トンでもない奴等が居やがる!」
「ああ兄貴、俺も一戦交えたところだ。コイツは不味いぜ、俺達だけじゃ、手に余るかも?」
ゴ・ノウが、弱気をはく。
ゴ・クウは、つい出そうになった言葉を飲み込んで、ふと、ジョウの方を見た。
ジョウは、ちょっと視線をずらして、考えてる様に、うつ向く。
「第一波は、躱した様だの?」
ゴ・ノウの後ろ、屋敷の方から、ハン・クムがやって来た。
「クム殿、どうしました?」
ちょっと嬉しそうに、ゴ・ノウが声を掛ける。それに軽く会釈をして、
「良い占いが出たから、知らせたくてな。」
ハン・クムはそう言って、ゴ・クウの手を取った。
「ゴ・クウ殿、これから私をキンギン鉱山に、連れていって下され。」
そう言いながら、ゴ・クウの手に、金色の輪を手渡した。
「此れは?」
ゴ・クウが訝しげに、其れを眺める。
「此れは、死鬼輪と言って、ハン一族に伝わる、破魔具でな。」
そう言ってハン・クムは、ゴ・クウの手から其れを奪って、ゴ・クウの頭に被せた。
「あた!」
ゴ・クウは、頭を抱えた。
ちょっとした衝撃波に、襲われたのだ。
「ちょっと、何を……。」
ゴ・クウは、その金の輪を外そうとしたが、頭の皮?にぴったり貼り付いて、どうにもこうにも外れない。
「あーコレコレ、無理に外そうとしてはいかん。皮が剥がれるぞ!」
クムが脅すように言う。
「その金の輪は、自動的にお前様を護ってくれるのだから、そのままで!」
そう言って、今度はゴ・ノウの所へ行き、
「ノウ殿には、これじゃ。」
そう言って、ちょっと長目の孫の手の様な、棒を手渡した。
「コイツは?」
キョトンとしているノウに、
「クウ殿の同じ、破魔具じゃ。」
そう言うとクムは、その孫の手をブンブンと振って見せた。
すると、その孫の手がぐぐっと大きくなった。
孫の手は、あっという間に大きな、熊手になった。
「伸縮自在の、鬼熊手じゃ。」
ハン・クムは、今度はゴ・ジョウに向き直ると、
「ジョウ殿には、此れを…。」
そう言って、数珠の様な物を差し出した。
「此れは?」
ゴ・ジョウは、その数珠を繁々と眺めながら、クムに聞いた。
「此れも、破魔具でな。」
そう言いながら、クムはその数珠を真上に投げあげた。
するとその数珠は、頭上で大きく広がった。そして、数珠の端を握ると、思いっきり振り回した。近くに有った岩がその数珠に振れた途端、真っ二つに切り裂かれた。
「人呼んで、鬼裂き珠。」
そう言って、クムは微笑んだ。
未だ明けやらぬ、砂漠の道を、二台の鉄馬と一台の砂漠橇が走っていた。
「クウ殿、急いでください!クルサルが追いかけてきます!」
橇の荷台から、ハン・クムが叫んでいる。
ゴ・クウも合点とばかりに、全速力を振り絞る。
遠くの方で、ゴゴーンと何か巨大な物が動くような音が聞こえた。
しかも、後方からである。
ゴ・クウはちょっと、後ろを見た。
異様なものが、目に飛び込んだ。
山が、動いている。
ギュ農園の、手前に有った雄牛山が、山頂部の双子岩を上下させながら、近付いているのだ。
「何てこった!」
ゴ・クウは、ちょい速度を落として、クムの横に並んだ。
「クム殿、アレもクルサルか?」
ゴ・クウが叫ぶ。
「あれこそが、クルサル。夜中に襲ってきた獸どもは、眷族に過ぎない。」
ハン・クムが叫び返す!
「此処では、不利です。キンギン鉱山に、逃げ込みましょう!」
ハン・クムが、さらに叫ぶ!
ゴ・クウが、鉄馬の速度を上げる。
ゴ・ノウも、ジョウも、それに続いた。
砂煙を上げ、砂漠道を疾走する。
そのちょっと後を、巨大な牛に似た何かが、追いかけていた。
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