第八章 赤い空。

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第八章 赤い空。

その朝ジャイ・アンフツは、気持ちの良い目覚めを迎えた。 一昨日、ゴ・クウ達と別れ、自分の会社に戻り、トウをゴ・クウへの使いに出して、かき集められるだけの貨物車を、遅配するのに必死になった。 なんと言っても、岩塩5000の取引である。手持ちの貨物車は、中型の貨物車が二台しかない。 アンフツ商会は、大企業じゃないので、手持ちの車は多くない。 通常は、中型の貨物車二台で、廻しているけど、大口の仕事が入れば、仲間内やリースで、台数を確保する。 しかし、今回は別格だ。 岩塩5000だと、少なくとも大型貨物車七台は、要る。 取り敢えず、ゴ・クウが使っている、ヤツを鉄馬と交換して、後は仲間内から、数台借りられる目処はついた。 後は集めた貨物車を、ちゃんと整備して、しっかり動くようにする。 塩の売り先は、しっかり確保している。後は、仕入れて売りまくるだけ。 ジャイ・アンフツは、ちょっとホクホクしていた。 今回は特別で、免許の無いアンフツが介入する。うまく実績を作れば、免み許とルートが、同時に手に入る。 かも、知れない。 「トウが、遅いな?」 ゴ・クウの所へ使いにやった、トウがなかなか帰ってこない。 遅くとも、昨日の昼前には、戻って来るだろう。と、思っていたが、未だに帰ってこない。 「何をやってやがる!」 と思ったら、使いにやった町から、知らせが来て、何やらトウが病気で倒れたらしく、緊急入院したと言う。 「全く、何なんだ!」 さっきまでの晴れやかな気分が、一転黒い雲が心の奥に、広がってくる。 取り敢えず、手下の一人を砂漠の町の病院に向かわせ、更にもう一人、ゴ・クウ達が泊まっていた宿屋に向かわせた。勿論、貨物車を受け取りに行かせたのだ。 それと同時に、ジャイ・アンフツは、キンギン鉱山に、貨物車隊を走らせた。今日の昼には、岩塩を受け取りに行かないと行けない。 遅刻は、厳禁なのだ。 その前に、西部軍との共同作戦の件もあるので、キンギン鉱山の手前の、丘で西部軍との待ち合わせである。 約束の時間には、ちょいと早いが、岩塩5000を積める台数を用意して、ジャイ・アンフツ率いるアンフツ商会は、約束の丘に、やって来た。 そして少し遅れて、西部軍の関係者がやって来た。 「お?ハク?ハク・リュウじゃねえか?久しぶりだな!」 ジャイ・アンフツは軍用車両から降りてきた男を見て、声を上げた。 ハク・リュウと呼ばれたその男は、ジャイの顔を見て、破顔した。 「ジャイ・アンフツ?そうか、今度の仕事で、共同作業をする民間人と言うのは、あんただったのか。」 ハク・リュウは、ジャイ・アンフツの手を取って、固く握手した。 「じゃあ、今度の作戦について、説明するから、此方に来てくれ。」 ハク・リュウは乗ってきた軍用車両に、ジャイを招いた。 作戦の大まかな内容は、先ずジャイが用意した貨物車に、二個中隊の兵隊をのせて、鉱山に入る。勿論、兵隊は軍服ではなく、普通の作業着を着用する。ハク・リュウの連れてきた兵隊は四個中隊。残りの二個中隊は、鉱山をグルリと囲むように配備。 ジャイ達が、塩の取引をしているうちに、鉱山の内部へと進行。制圧の準備をする。 「此処で大事なのは、主犯各を押さえること。先ずは……。」 ハク・リュウは、三枚の写真をジャイに見せる。 「キンギン鉱山の、経営者と、この男を押さえる!」 三枚の写真に、各々写る男。 他の二人は見覚え無いが、一人だけは、ハッキリと覚えている。 「ジン・クレツ!」 ジャイが、ボソリと言う。 「そうだ。元西部軍辺境警備隊所属、ジン・クレツ中尉だ。」 と、ハク・リュウが補足する。 ハクの顔にも、苦い色が浮かぶ。 「ああそうか、ハクが一番エライ目にあったんだっけ?」 と、ジャイが、まぜっかえす。 「いや、俺のことは、どうでも良い。しかし、何としても、ジン・クレツの身柄を押さえたい。」 ハクの声に、手からが入る。 「やはり、根に持ってやがる……。」 ジャイは、そう言おうとして、言葉を呑み込んだ。 「目が燃えてやがる……。」 ジャイは、ハクの意気込みを、感じ取った。 ジャイ・アンフツがハク・リュウから作戦を聞いている内に、外では準備が始まっていた。 ジャイ・アンフツが用意した貨物車に、ハク・リュウの部下たちが、軍服から民間企業の、従業員風の作業着に着替えて、60人が乗車。 残りの二個中隊が、一旦丘の後ろから鉱山を回り込んで、鉱山を取り囲む展開する行動を取る。 「旦那!準備出来やした!」 ナッタ族のダツが、声をあげる。 ジャイ・アンフツも、今度の仕事にナッタ族を雇ったのだ。 ゴ・クウとの旅で、顔見知りになった、ダツの村に立ち寄り、20人ばかり、雇い入れたのである。 ハクとジャイは、お互いに目で合図して、行動を開始した。 貨物車で丘を下り、キンギン鉱山の門が見え出したその時だった。 「旦那!止まって!」 ダツが、いきなり叫んだ! 「ギギーッ、バシュー」 いきなり叫ばれたものだから、ジャイは慌ててブレーキを踏んでいた。 幸い、と言うか、ジャイの乗る貨物車は、最後方に位置していたので、回りを巻き込まずに停車した。 「何だよ?ダツ。」 ジャイは、機嫌の悪そうな顔を、ダツに向けた。額に血管が浮いている。 そんな事には気に止めず、ダツは車を飛び出し、遠くの空を見上げた。 「おい、なんだってンだよ!」 一緒に車を降りて、少し苛ついたジャイが、ダツの形を強く掴む。 「旦那、あれを見て!」 ダツは、いつの間にか手にしていた、双眼鏡をジャイに手渡した。 「旦那、鉱山の上の方!」 ダツは、キンギン鉱山の上空を指差した。ジャイがその方向に、双眼鏡を向ける。 キンギン鉱山の遥か上空、澄みきった青空に、一筋の赤い雲の様な物が見えた。 「?なんだ。」 ジャイは、双眼鏡の倍率を、目一杯上げた。 カッと、照りつける太陽を受けて、丸で燃え盛る焔様な物が、此方に向かって飛んでくる。 「おめぇ、あれが裸眼で、見えたのか?」 驚いたジャイに、 「旦那、あれはクススだ!」 と言う叫びで、返した。 クスス。ジャイは、聞いたことがあった。南部の奥に棲んでいて、たまに砂漠を横断する異怪。 所謂、魔物である。 「あれが、そうなのか?」 ジャイが、ダツに尋ねる。 ダツの顔色が、蒼くなっていく。 「旦那、急ごう。キンギン鉱山に、逃げ込むんだ!」 ダツはそう言うと、慌てた様に貨物車に、駆け込んだ。 ジャイも釣られて、後に従った。 貨物車の一団が、鉱山の通用門に、雪崩れ込んだ。 ふと、ジャイは違和感を感じた。 門外に、警備の人間が居ない。 鉱山の敷地内だと言うのに、鉱山の人間が居ない。 先頭の貨物車から、ハク・リュウが降りてきて、ジャイの処へとやって来た。表情が堅い。 「何か様子が、変だ?」 ハクも、怪しげな鉱山の様子が、今一気になるらしい。 「一応計画通りに、人員を配備していてくれ。俺とダツで、様子を見てくる。」 ジャイはそう言うと、ダツを連れて、鉱山事務所に入っていった。 それに会わせて、ハク・リュウが部隊を展開させた。 キンギン鉱山の中は、人っ子一人居らず、ひっそりとしていた。 「嫌な、予感がする。ダツ!此処を出るぞ!」 ジャイはそう言うと、鉱山事務所の出入口に向かって、走り出した。 その時だった。 ドドーン! 建物全体が、大きく揺れた! 「な、なんだ?」 ジャイは咄嗟に、出入口の反対側、事務所の奥、坑道に繋がる中庭に目をやった。 そんなに広くはない中庭に、いつの間にか、巨大な石の柱が建っていた。 「こいつが、落ちてきたのか?」 ジャイは、そう思った。 だが、そうじゃない事を、瞬時に理解した。 此の重量が落下したなら、衝撃が中途半端だ。 「旦那、兎に角外に出よう!」 ダツが、叫んでいる。 ダツは既に、事務所の扉を蹴破り、外に出ていた。 ジャイが、ダツに続いて外に出ると、鉱山を取り巻くように、配備されている筈の兵士たちが、斜め上を見上げて、ザワザワとざわめいていた。 「何だ、ありゃ?」 兵士たちの、視線を追ったジャイが見たものは、直立した岩の牛であった。 「おおーい、ジャーイ!」 遠くで、ジャイを呼ぶ声がした。 ジャイが、声の方を見る。 鉄馬に乗ったゴ・クウが、鉱山の塀を飛び越えて、ジャイの元へ滑り込んできた! 「ゴ・クウ!アレはお前の仕業か!」 ジャイが、叫んだ! 「半分は、俺だ!」 ゴ・クウが、叫び返す! 「気を付けろ、南部の魔物が、攻めてきたぞ!」 ゴ・クウが、続ける。 ガウン! 異様な風切り音が、上空から迫る! ジャイが瞬時に、身を屈めた。 岩のような、いや、岩で出来た腕の様なものが、ジャイの頭のすぐ上を、掠めていった。 ドゴーン! 岩で出来たその腕は、激しい轟音を響かせて、鉱山事務所を凪払った。 「おおーい!」 部隊を展開させていた、ハクが物事の異様さに気がついて、ジャイの元に走って来た。 「お?ハクじゃねえか!」 走って来たハクの顔を見て、ゴ・クウが懐かしそうに言う。 ドゴーン! また、岩の腕が空中を薙いで、壊れかけの建物にぶつかる。 「ゴ・クウ隊長、お久しぶりです!」 ハクは、満面の笑みで、ゴ・クウを迎えた。 「昔の話だ。今はお前が、隊長だろ?」 ゴ・クウは、ハクの階級章と肩章を見て、そう言った。 「ちょうど良いや!お前ら、例の作戦の為に、居るんだろ?」 ゴ・クウは、ジャイとハクの顔を、交互に見た。 ハクは頷いたが、ジャイの顔が渋い。 「おい、ゴ・クウ。もしかして……。」 ジャイは、重たい声でゴ・クウに、問いかけようとした。 が、そのジャイの問いを、笑顔で制して、 「プラン・デルタに、移行だ!」 そう言った。 「そんな、ゴ・クウ……。」 ジャイは、情けない声をだした。 が、ゴ・クウはそんなジャイには目もくれず、 「ハク、此処を潰す!」 「イエス!コマンダー。」 ハク・リュウが、小気味良い返事を返す。 「あの化け物ごと、レンジ3まで焼き尽くすぞ!」 ゴ・クウはそう言って、鉄馬から飛び降りた。 いつの間にか、手に岩砕仗を握っている。其をヒョイヒョイと振り回して、 「ハク!テキストNo.02だ。」 「OK、コマンダー!No.02、展開。」 ハク・リュウはそう答えると、信号弾を打ち上げた! 其れを見たハク・リュウの部隊が、隊列を組み直し、鉱山の出口まで、後退した。 ドドーン! 相変わらず、緩慢な動きではあるが、岩牛が、鉱山を荒らし回っている。 「おい、ゴ・クウ。プランデルタって、塩5000は、どうなるんだよ!」 怨めしそうに、ジャイ・アンフツが、ゴ・クウに食い下がる。 「しょうがねぇだろ?あんなのが暴れてたら。」 と、ゴ・クウは、岩牛を指差した。 「し……、しかし。」 更に食い下がるジャイに、 「わかった!プランα-1だ!」 と、そう言った。 其れを聞いたジャイは、破顔した。 「流石、ゴ・クウ!話せるじゃねえか。其れでこそ、コマンダーだ!」 「煽てんなよ、それよか、上手くやれよ?」 そう言うなり、ゴ・クウは、岩牛に向かって、走り出した。 ゴゴーン、ドドーン。 相変わらず岩牛は、緩慢な動きで鉱山を荒らし回っている。 岩砕仗を携えたゴ・クウは、自身のナン十倍もある岩牛に対峙した。 「オイコラ、調子に乗んなよ!」 ゴ・クウはそう吐き捨てて、岩牛目掛けて、大きく飛び上がった。 ゴ・クウの身長は150cmで、普通の成人男性に比べて、頭ひとつ低い。 更に実の弟、ゴ・ノウと比べたら、ノウの腹の辺りに顔が来る。 しかしながら、異状と言って良いほどの、身体能力の高さ。 特に脚力は特筆もので、100Mを9秒切る俊足。其れに加えて、垂直跳びで3mを軽く飛び越える。 そんなゴ・クウが、岩牛に飛びつくや、あっという間に、登頂部まで駆け登ったのである。 ゴ・クウが、岩牛の頭頂部に駆け上がると、既に誰かが暴れまわっていた。 「お?ノウじゃねえか?」 ノウと呼ばれたその男は、飛び掛かってくる獣共を薙ぎはらって、顔を起こした。 「クウの兄貴、遅いじゃないか!」 満面の笑みで、文句を垂れてきた。 「そう言うな、このデカブツを此処に誘導するのに、苦労したんだ。」 バササ! ゴ・クウが、ノウと会話しているところでも、得たいの知れない獣共が絶え間無く飛び掛かってくる。 ソイツをゴ・クウは岩砕仗で、ゴ・ノウは鬼熊手で、薙ぎ払った。 粗方獣共を片付けて、ゴ・ノウが天を仰いだ。 「クウの兄貴、いよいよ始まるようだぜ!」 「ああ、クム殿の、占い通りだ。」 ゴ・ノウと同様に、ゴ・クウも空を見上げた。 未だ昼前の、晴れ渡った空の下。 異様としか言い得ない、岩牛の頂上で、ゴ・クウとゴ・ノウは、更に異様な光景を目撃する。 雲一つ無い青空に、突然真っ赤な筋がスッと走ったのであった! まるで、青いカンバスに、赤いクレパスで真っ直ぐな線を描いたようである。 「ゴ・クウ殿、クルサルの天界期が近い様なので、あの岩牛を……。」 ギュ農園から、岩牛を遠ざけるために、ゴ・クウ達を囮のように使い、キンギン鉱山に誘導したハン・クムは、更に奇妙な事を、ゴ・クウに告げた。「クルサルの天界期?」 ゴ・クウがハン・クムに、問い返す。 「私も、良く解らんのだが……。」 ハン・クムが言うには、クルサルは地上で100年過ごすと、天界で100年過ごすと言う。 何故、そういう事をするのか、ハン・クムは知らない。他の誰も知らない。クルサルだけが知っているが、当のクルサルは言語を介するかは、謎である。 「キンギン鉱山に着けば、空が裂ける。さすれば、 周りの物を巻き込んで、天に帰ろうとする。」 そうなる前に、岩牛の頭に生えている、双天樹を斬り倒さなければならない。 そうしないと、キンギン鉱山はおろか、西部と南部に股がる広大な砂漠地帯がザックリと失われてしまう。 「そうか、ギュ農園が抉られたのも、その為か!」 ゴ・クウの問い掛けに、ハン・クムは頷いた。 「あの時に、天界期だったクルサルは、差程大きくない群れだったが、……。」 この年の始めギュ農園は、大地が抉られたような厄災に、見舞われた。その原因か、クルサルだった。 元々ギュ農園は、クルサルの棲家の近くに有った。 ギュ一族が、住み着いて500年。 クルサルの襲来や、天界期による災害は、一度もなかった。 「全ては、アイオウの力でした。」 ハン・クムが、静かに言った。 ハン一族が、此の地に来た時の、族長だったのが、アイオウである。 アイオウは、クルサルを退ける方法を知っていた。 当時の、農園主だったギュ・ムラは、其れを知っていたのかは、解らない。ハン・クムも当時は未だ産まれておらず、詳しい事は、知らないと言う。 「唯、母様から、農園の外れにある、三午地蔵には、触れてはいけない!と、よく言われて……。」 其処まで語ったハン・クムの顔色が、スッと変わった。 「クウ殿、いけない!天界期が始まる!」 そう、叫んだ。 岩牛の天辺で、ゴ・クウとゴ・ノウは、真っ赤に裂け始めた空を、見上げていた。 雲一つ無い青空に、突然赤い筋が引かれたと思うや、其れが徐々に広がりだしたのだ。 そして其れは、巨大な紅い瞳の様なものに変わり、ギョロギョロと辺りを見渡している。 するとその時であった。 「邪魔をするな!ゴ・クウ!」 腹の底から揺すぶられる様な、太く低い声が、ゴ・クウの名を呼んだ。 ゴ・クウとゴ・ノウは、その声の方に顔を向けた。 いつの間に現れたのか、派手な上下のスーツを着た、妙にキザな男が立っていた。 そいつの顔を見た途端、ゴ・クウの表情に狂気の色が浮かび上がった。 「ジン・クレツ!」 ゴ・クウの唇が、そう動いた。まるで、呪いの言葉のように。
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