第九章 ジン・クレツ

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第九章 ジン・クレツ

ジン・クレツ。 元々は南部の、農村の生まれで、幼い頃に西部に移り住んだと言う。 学生時代には、砂漠の周辺に点在する、古代遺跡の探索が趣味で、かなりの遺跡物のレポートを、大学の古代研究所に送って、評価されたらしい。 其のまま大学に残って、古代遺跡の研究に勤しむのかと思いきや、大学を卒業すると、西部治安軍に入隊した。 ゴ・クウとは同期になる。 治安軍での評価は、かなり良くて、特に上官からの信頼は篤く、入隊して半年で、生活班長に任命された。 しかし、同僚達からの評判は宜しくなく、裏表のある態度が、中傷の的になった。特に異性関係には、だらしがなく、女性の下士官は言うに及ばす、同僚の彼女でさえ、平気で歯牙にかける。 だが、勤務態度は真面目で、要領よくなんでもこなす。なんと言うか、気が利く部類の人種で、痒いところに手が届くタイプだ。 ある時、直接の上官である少尉殿が、奥方から贈られた、タイピンを紛失した。ほとほと困っていた少尉殿にジンは、当然のように、紛失したタイピンを差し出した。 ジンが入隊して一年後、舞台編成が有って、ゴ・クウとジン・クレツは、同じ小隊に配属になった。 ゴ・クウは、基礎教育を受けただけで、治安軍に入隊したから、入隊時は16歳。一般兵扱いだったが、身体能力が異様に高かったので、治安軍特別部隊に配属になった。 一方ジンは大卒なので、士官候補生での、入隊であった。 その二人が一年で、同じ小隊になったのには、少し訳があった。 その年の人事で或将校が、人事部の長に就任した。 その将校の名を、ジン・モレア。 ジン・クレツの叔父に当たる人だ。 その将校が、特殊部隊の編成に、意見を出した。 「新設の、特殊実験部隊の部隊長に、此の若者を推したいのだが……。」  其の将校の意見が通ったのか、特殊部隊の小隊長に、ジン・クレツが抜擢された。  因に、其の時の下士官が、ジャイ・アンフツである。    其の特殊部隊に、ゴ・クウも編入されていた。  何故か二人は、最初から反目し合っていた。  当然と言えば、当然である。  理由は、ゴ・クウの見た目である。ゴ・クウの外見は、どう見ても、亜人の其れである。  とは言え、ゴ・クウもあからさまには、反抗はしない。外面は従順な部下を演じている。  ジン・クレツも其れを知ってか、ゴ・クウを叱られ役に選んだのだ。事ある毎にゴ・クウを呼びつけ、部隊員の前で、叱責した。    その事件は、とある作戦行動中に起こった!  治安軍の活動は、国境警備が主だったが、犯罪者の摘発も治安軍の仕事であった。  その時の作戦が、新麻薬の摘発、麻薬組織の壊滅が、主眼の作戦であった。  実に、二年を掛けた作戦で、内定に継ぐ内定、地道な潜入捜査を繰り返し、本星が特定できた。  そしていざ、組織壊滅の段になって、麻薬組織のボスを取り逃がす失態が起きた。  ジン・クレツの小隊が、麻薬組織の本拠に踏み込んだ時、組織のボスだけが、其処に居なかったのである。  その日は年に一度、麻薬組織 の会計報告が催される日で、ボスをはじめ、幹部一同が集合する日であった。  確かに、組織の幹部一同が、その場に集結していた。  だが、肝心な組織のボスが、小隊が踏み込んだ時に、その場に居なかったのである。  情報が漏れていたのだ!  確かに、組織の幹部は、一網打尽。組織その物は、壊滅出来た。しかし、ボスを捕り逃したのは、失態である。  その壊滅作戦を指揮していた、治安維持軍の作戦実行の隊長が、責任を取って自殺している。 案の定、ジン・クレツはゴ・クウを叱責した。 はっきり言って、一兵員のゴ・クウには、何の落ち度もない。 それどころか、突入指示を出したのはジン・クレツなのだから、どちらかと言えばジン・クレツに責任の一端がある。 現にその時何故か知らんが、突入指示がクレツの小隊だけ、10秒ほど遅れたのだ。 その時の作戦内容は、アジト全方位による、同時急襲作戦。  前もって、決められたタイミングで、拠点を同時強襲。犯罪組織を一気に壊滅を図った。  なのに、一味の首領を取り逃すと言う、失態をヤラかしてしまった。其れを部隊の一隊員の、所為にしようとしたのだ。  作戦は終了したものの、一味の首領を取り逃すと言う失態に、現場の直接の指揮官は、ちょっとした連絡のミスが原因であったとして、自らの辞職で部隊の非難を回避した。  社会的非難は、それで収まったが、軍内部のイザコザは、収まり就かなかった。  ジン・クレツが小隊の不手際の責任を、ゴ・クウ一人の所為にして、自分の責任を回避しようとしとのだ!  簡単な軍事裁判で、事をやり過ごそうとしたジンに対し、初めてゴ・クウが切れた。  元々、ジンの態度や言動を、腹に据えかねていたのだ。  警備の、一瞬の隙を就いて、ジン・クレツに殴りかかり、あっという間、ジン・クレツを半殺しにしてしまった。  当然ゴ・クウは、その場で取り抑えられて、営倉送り。ジンは軍病院に送られて、長期入院となった。  未だに、その時の(麻薬組織壊滅作戦)首領を捕り逃した、真の原因は判明いないままになっている。  ゴ・クウは、上官反抗の現行犯で、銃殺になるところを、執政官のシャ・カにその命を救われ、今に至っている。  巨大なクルサルの上で、ジン・クレツが、ゴ・クウを睨み付けていた。 「邪魔をするな、ゴ・クウ!」 重く低い声で、ジン・クレツがゴ・クウを征する。 「久しぶりだな、ジン・クレツ。元気そうでなりよりだ。」 ゴ・クウが、空っ惚けたように、言う。だがその目は、怒りの焔が燃えていた。 「どうだいジン、長年の遺恨の決着を着けようじゃないか?」 ゴ・クウの表情が険しくなっていく。其れに反して口元が緩く、笑みを作っていた。 「ぬかせ!」 ジン・クレツがそう叫ぶや、ゴ・クウに飛び掛かっていた。  ガガン!  重苦しい衝撃音が、辺りに響いた。  同時に激しい閃光が、辺りを照らした。  ジン・クレツが、およそ人間には不可能な速度で、ゴ・クウに襲い掛かったのだ。そしてゴ・クウも、同じ速度でその攻撃を受け、反撃した。 「小隊長殿も、かなりの修練を重ねましたか?其れとも、クルサルと交わった、所為ですかな?」 ゴ・クウが、皮肉めいたセリフを浴びせた。 途端に、ジン・クレツの顔がドス黒くなる。 「亜人如きが、聞いた風な事を言うな!」 ジンの声が、ますます獣染みてきた。  其れと同時に、端正だったジンの顔が、崩れ出していた。  顔中に、鱗状の皹が入り出し、鼻を頂点に、上顎が前へ競り出していた。  両腕が異様に長くなり、両足が奇妙に短い。  瞳も、爬虫類のソレに近い。  まるで、鰐や蜥蜴の皮膚を持った、犬の様な感じである。  ゴ・クウが亜人なら、ジン・クレツは完全に獣人である。 「グゴゴーン」 野獣咆哮とも、はたまた、雷とも取れるような、一種異様な響きが、ゴ・クウの全身を叩く。  ゴ・クウは、岩砕仗を晴眼に構え、ジン・クレツの攻撃に備えていた。  ジン・クレツの、獣の咆哮なんぞに怯む、ゴ・クウではなかったが、此の時は様子が違った。 「くおぉ?」 ゴ・クウの全身に、恐気が走った。 「なんだ?こんなバカな?」 身体の奥から沸き出すような、奇妙な恐怖が、ゴ・クウを包む。 今まで感じたことの無い、絶望的な恐怖がゴ・クウを苛む。  ゴ・クウの身体から、力と言う力が、霧散するように抜け出て行く。今にもその場に、ヘタリ込みそうになった。  その時であった、ゴ・クウの頭に嵌まっていたあの金の輪が、キラッと光るや、細かい粒となって、ゴ・クウの全身を被ったのだ!  細かい金の粒は、そのままゴ・クウの身体を包んで、金色の鎧のようになった。 「こ、コイツは?」 ゴ・クウ自身が、呆気に取られていた。  其れと同時に、さっきまであれ程身体を苛んでいた恐気が、嘘のように退いていた。  そればかりか、みるみる力が戻って来ていた。 「うおおおおぉぉっ!」 ゴ・クウが、気合いを入れるために、怒号をあげる。  岩砕仗を上段に構え、ジン・クレツへと、思いっきり打ち出した。 「ガキン!」 激しい金属音が、響く。  ゴ・クウの岩砕仗を、ジン・クレツが片手で受け止めていた。  そのジン・クレツは、最早完全に人の姿を無くし、形容しがたい獣へと、変形していた。 「大将、中々似合っているぜ、その姿!」 ゴ・クウが、ジン・クレツにそう話し掛ける。 「グルルルゥゥゥ!」 ジン・クレツが、低く唸る。  ガキン! ゴ・クウの岩砕仗をハネ除けて、ジン・クレツが、後方に跳びすさる。 「ウガォォォ!」 意気なりジン・クレツが、咆哮を挙げる。  辺りに、奇妙な静寂が舞い降りた。  もともと、巨大なクルサルの頂上。其れにゴ・ノウが、小型のクルサル相手に、乱闘を繰り広げていて、ドッタンバッタンと大騒ぎである。  其れなのに、一切の喧騒が止まっていた。 「ノウ?大丈夫か?」 ゴ・クウが不意に、後ろにいる筈のゴ・ノウに声をかける。 「?」 ゴ・ノウの反応がない。 「おい、ノウ?」 ゴ・クウが、視線をゴ・ノウに向けた。  戦いの最中に、相手から目を剃らすのは、御法度中の御法度。  相手が強ければ、尚更である。  しかしゴ・クウは、敢えて目を剃らした。  そうしなければ、いけないように感じたからであった。  ゴ・クウの目に、信じられない光景が叩きつけられた。  後ろで暴れていたであろうゴ・ノウが、動きを止めていた。  それどころか、白目を剥いて、棒立ちに立ち尽くしている。 「おい、ノウ!」 ゴ・クウの声に、全く反応がない。 「何処を見ている!ゴ・クウ!」
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