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熱が迫る、一直線に向かってくる赤く燃える熱の塊。
要の足元に広がる水溜りが、霧状に分散し立ち昇る、瞬時に出来る水の壁。
ザザッと地面を擦る音の後に、火が打ち消される音が耳をつく。
「蒼麻はん、すんまへん!」
だが次に聞こえたのは覚えのない京訛りの青年の声だった。
要の手の動きに従い消えた水の壁の前にある、碧い装束の背中、右手には刀が握られている。
揺ら揺らと揺らめく水が刀を形造る、水の具現化。
(この人、水の能力者?!)
しかも、要を蒼麻と呼んだ。
「止められんで、ほんまに堪忍な」
ぐぐっと腰を落とし構えると、青年は肩越しにほんの少し振り返る。
耳から下は刈り上げたツーブロックの髪、要と同じ年齢でも通るほど若い。
こちらを目掛け尚も熱の塊が向かってくる。
僅かな間を置いての10はありそうな連撃、火矢だ。
「俺が止めるさかい、手ぇ出さへんでおくれやす」
そう言うと、青年は刀を握る手を低く後ろへと引き、右腕を胸の前で構えた。
要は何を思うのか、無言のまま青年の言葉に従っている。
(……知り合い、なの?)
もしかするとスカウトしたい能力者なのだろうか。
小柄な体に不釣り合いな長剣が風を切り、音を立てた。
着弾すれすれの熱の矢を、容易く刀で薙ぎ払い打ち消していく。
熱の塊が水の刀に触れる度、ジュッと水蒸気を上げ嫌な匂いを漂わせた。
正面からの連撃が止み、静けさが生まれる。
左側の林から金切り声を上げモズが飛び立ち、熱が放たれた。
至近距離、振り向いた時には飛び込んできた青年の横顔があった。
振り払われる刀が目の前で弧を描き、葵は思わず要の背中にしがみつく。
「あっ、驚かせて、すんまへん」
青年の円らな瞳と目が合った。
純朴そうな澄んだ瞳に、葵は違和感を覚える。
刀の太刀筋は鋭く精悍、好戦的な印象さえあったからだ。
「いえ、ありがと……」
葵が軽く頭を下げると青年が屈託無い笑顔を見せる。
「やっと姿を見せたか」
背後でのやり取りは意に介さず、要が独り言ちた。
林から赤い残像を残し人影が舞う。
キャンピングカーの上へと飛び移る緋色の装束、一つに結ばれた長く黒い髪がたなびいた。
「朱奈、ええ加減にせえ!」
青年が緋色の装束の少女に叫ぶ。
遠目で良くはわからないが、顔立ちは青年に良く似て見えた。
「邪魔しな、碧刃!」
少しハスキーな声の少女。
青年と少女は知り合い、色違いの同じ装束からしても近しい間柄のはず。
なのに、攻撃する側と防ぐ側、どう言う事態なのか呑み込めない。
「母はんを裏切って捨てた男なんやで、なんで庇うん?!」
悲痛な少女の叫びが響き渡る。
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