第1話 説話

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近江の国伊香の郡にある余呉の湖に天の八女(やおとめ)、ともに白鳥(しらとり)となって天より降り、湖辺で水浴をせし。 この時、伊香刀美、西の山でこの白鳥を見て、この形もしや神人と疑い、浜辺に往って見るに、真にこれ神人なりき。 伊香刀美、感愛を生こし、白き犬に妹の天の羽衣を盗ませし。 姉の七人の天女は天上に帰りしが、妹は羽衣無く天上に帰れず。 伊香刀美、この天女と夫婦となり、男女二人ずつをもうけし。 兄の名は意美志留(おみしる)、弟、那志等美(なしとみ)、姉、伊是理媛(いせりひめ)、妹、奈是理媛(なせりひめ)。 これは伊香連(いかごのむらじ)等の先祖でなりき。 後に天女、羽衣を探し当て、天井へと帰りし。 伊香刀美は一人空しく床を守り嘆くことしきりなし… 『近江国風土記逸文、羽衣伝説』より。 古の説話に、今を想う。 説話が真実かの追究は意味を成さないほどの遥か昔、語り継がれる物語には、天女や神が記されている。 光が照らし出すものが限られているように、そこにあるのは、ほんの一部。 記されていない物語が星の数ほど、ひっそりと息衝いている。
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