第10話 キス

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多分、恐らく、確実に、キスで誤魔化されている。 機嫌をとる為とか、何かから気を逸らしたい時とか、追究から逃れたい時、要は良くこの手を使う。 プレイボーイと言われただけあって、こう言う狡い手を使えるんだな、と思った時期もあったけれど、今はそれとは違う目的もあると感じている。 口付けは、雄弁だ。 触れた唇、絡まる舌先、混じり合う唾液、交わす吐息、それらが想いを流し込む様に気持ちを語る。 愛しくて堪らない。 欲しくて欲しくて、止まらない。 要の気持ちを感じ取れる。 深く甘い告白を受けている様な、そんな心地良さ。 要の気持ちに嘘はない。 口付けでそれがよく分かる。 かと言って、誤魔化していることもあるんだろうけど… 葵は助手席の窓から要の背中を見つめた。 縁側に立つ和装の男が着物の袖に手を入れる格好で腕を組んでいる。 左目に眼帯、長く白い髪を一つに結び、真一文字に唇を結んだ中年の男だ。 和装に気難しい表情は和翔()に似たところがあるが、体に纏う空気が和翔から感じたものとは違う。 どこか刺々しく近づく者を牽制するかのような雰囲気を漂わせている。 (あの人が首領さんかな) 要が言っていた分家のトップ、その威厳は充分だ。 その相手と要が対峙する。 男の横に片膝をついてしゃがむ碧刃の横顔が、驚く程に険しくて、事態の緊迫感が窺えた。 葵はその碧刃の顔を見て、車で待つように言われた訳が分かったような気がした。
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