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第2話 目的
「よし、京都に行こう」
久しぶりに喫茶陽だまりのカウンターの中に立った葵を前にして、どこかで聞いたような台詞を西園寺 祥吾が口にした。
それが今回の旅路の始まりだった。
葵が暮らすハイツ・スローネは1階が喫茶店になっている。
現在は休業中なので、専ら住人たちの集いの場だ。
今は祥吾と二人、留守番をしている。
「出張ですか?」
いつもの発作的な思いつきだろうし、自分には関係のないことだろうと葵は安易に聞き返す。
「それいいね、京都の支社に出向く口実で行こう」
そんな葵に食いついた祥吾がカウンターに身を乗り出した。
ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを二、三個外した髭面のボサボサ頭、どう見ても会社の窓際に居そうなヒラ社員に見えるが、こう見えて日本で指折りの巨大総合商社『西園寺グループ』の取締役代表である。
「葵ちゃんも行こうじゃないか」
「やだな、行きませんよ」
食器を拭きながら葵は首を振る。
口実にしようと言い退けている辺り、出張ではなさそうだ。
祥吾はいつも突拍子がない。
出会った頃は狼狽えてばかりだったけれど、最近は随分と慣れた。
「見事な即断だね、葵ちゃん…」
切なげに眉を寄せ、祥吾がカウンターに肘をつく。
そこに篠宮を伴い買い出しに行っていた満琉が戻ってきた。
「おかえりなさい、満琉さん」
「ただいま。あら、祥吾はまた振られたの?」
祥吾の顔を見て満琉がくすくすと笑う。
西園寺 満琉は25才で葵よりも年は下だが、落ち着いた雰囲気を持っている。
「バッサリとやられたよ」
そして39才を迎える祥吾曰く、満琉は妹的な養女らしい。
凛とした印象を与える鼻筋に切れ長の瞳、黒く流れる髪が肩にかかり知的な雰囲気を醸し出す、正統派の美人である。
「京都なんて遠すぎます」
葵は篠宮がカウンターの中に置いてくれた食材を片付けにかかった。
休業中とは言え、住人6人分の食材は中々の量だ。
「京都って、例の件?」
満琉が片付けを手伝いにカウンターに入って来る。
満琉が把握している件ならば、葵にも関係しているものだ。
「うまくいくかしらね、スカウト」
小首を傾げ満琉は不安げに表情を曇らせた。
「電話じゃラチが明かんしな」
祥吾がくしゃくしゃと頭を掻く。
しかも何だか難しい問題らしい。
「あの、スカウトって……」
葵は堪らず尋ねてしまった。
「この事態でしょ?即戦力が必要かなって」
満琉が葵の顔を見やり、気遣わしげに微笑んだ。
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