第3話 治癒

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経過は良好でも、まだまだ退院できる状態ではなく、医師の治療は欠かせない。 研修医経験のある要がいて、病室さながらの部屋があって、天観総合病院のバックアップがあるから叶った現状。 しかも治癒を施せるのは1日1回1箇所が限度、和希が焦る気持ちが葵には良く分かる。 葵は肩越しに振り返り要を見上げた。 その葵の視線を受け止め、要が深く息を吐いた。 「だいたい、どうして右手の治癒を急ぐ?」 要が顔を背けている和希に投げかける。 今まで要が和希にかけてきた声とは違う柔らかいトーンに、葵は安堵した。 その声の違いに和希も気づいたらしい。 「なんか、変なんだよ」 和希の声が少し甘えて聞こえる。 「感覚が鈍いっつーか……、自分の手じゃねーみてーな……」 「当たり前だ」 先程の柔らかさはどこへやら、要はぴしゃりと吐き捨てた。 「Ⅲ度熱傷だ、知覚神経傷害で痛みはほとんどない代わりに、感覚は鈍い。甘えるな」 容赦ない言いように和希がげんなりして息を吐く。 「大体、右が不自由なら左を鍛えろ。利き腕ばかりに頼ると能力の幅を狭めるし、応用が利かない」 「……ワカリマシタヨー」 厳しい口調だが、和希を見下ろす要の目は優しい。 能力の制御についてもっときちんと和希に教えるべきだった、と要は先日漏らしていた。 和希は俗に言う、pyrokinesis(パイロキネシス)、火を操る能力者だ。 何かに取り付いて燃える炎のように、何かを燃やさないと存在しない能力(ちから)。 二律背反の性質があり、他を傷つけながら自身も傷つける。 使いこなす為には、制御と経験、かなり高度な技術が必要で、暴走すると自身さえも燃やしてしまうのだと言う。 今回はそこを橘詠一につけこまれた。 その事態を招いたことを悔やむ葵と同じく、要も和希の怪我に責任を感じているのだ。 「和希くん、私、頑張るから」 葵は思わず椅子を立ち、前屈みになった体勢で和希の手に触れる。 「頑張って治すからね」 「それは、いいんだけどさ……」 真っ直ぐ和希を見つめているつもりが、どこを見ているのか和希と視線が合わない。 「めっちゃ、ベストビュー……谷間丸見え」 ボソッと和希が呟いた。 「ど、どこ見てるのよっ」 葵は慌てて体勢を戻す。 「見え、ちゃったの……見たいワケじゃなく。姉貴の谷間見ても、微妙」 「微妙で悪かったわね」 確かに、最近発覚したこととは言え、列記とした弟な訳だし、谷間ぐらいで喜ばれたらそれはそれで困る。 「デカくなった気は、するけど……揉まれてんの?」 「そんなことっ………」 ないと言いかけて、言えなくなった。 揉んでる相手のいる前で… 「と、とりあえず、治癒するから」 耳まで赤く染め、椅子に座ろうとした葵の肩を後ろから要が掴む。 「無駄口叩く余裕があるくらいだ。今日は治癒なしだな」 まるで突き刺さる氷のように冷ややかな言葉が要から発せられた。
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