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経過は良好でも、まだまだ退院できる状態ではなく、医師の治療は欠かせない。
研修医経験のある要がいて、病室さながらの部屋があって、天観総合病院のバックアップがあるから叶った現状。
しかも治癒を施せるのは1日1回1箇所が限度、和希が焦る気持ちが葵には良く分かる。
葵は肩越しに振り返り要を見上げた。
その葵の視線を受け止め、要が深く息を吐いた。
「だいたい、どうして右手の治癒を急ぐ?」
要が顔を背けている和希に投げかける。
今まで要が和希にかけてきた声とは違う柔らかいトーンに、葵は安堵した。
その声の違いに和希も気づいたらしい。
「なんか、変なんだよ」
和希の声が少し甘えて聞こえる。
「感覚が鈍いっつーか……、自分の手じゃねーみてーな……」
「当たり前だ」
先程の柔らかさはどこへやら、要はぴしゃりと吐き捨てた。
「Ⅲ度熱傷だ、知覚神経傷害で痛みはほとんどない代わりに、感覚は鈍い。甘えるな」
容赦ない言いように和希がげんなりして息を吐く。
「大体、右が不自由なら左を鍛えろ。利き腕ばかりに頼ると能力の幅を狭めるし、応用が利かない」
「……ワカリマシタヨー」
厳しい口調だが、和希を見下ろす要の目は優しい。
能力の制御についてもっときちんと和希に教えるべきだった、と要は先日漏らしていた。
和希は俗に言う、pyrokinesis、火を操る能力者だ。
何かに取り付いて燃える炎のように、何かを燃やさないと存在しない能力。
二律背反の性質があり、他を傷つけながら自身も傷つける。
使いこなす為には、制御と経験、かなり高度な技術が必要で、暴走すると自身さえも燃やしてしまうのだと言う。
今回はそこを橘詠一につけこまれた。
その事態を招いたことを悔やむ葵と同じく、要も和希の怪我に責任を感じているのだ。
「和希くん、私、頑張るから」
葵は思わず椅子を立ち、前屈みになった体勢で和希の手に触れる。
「頑張って治すからね」
「それは、いいんだけどさ……」
真っ直ぐ和希を見つめているつもりが、どこを見ているのか和希と視線が合わない。
「めっちゃ、ベストビュー……谷間丸見え」
ボソッと和希が呟いた。
「ど、どこ見てるのよっ」
葵は慌てて体勢を戻す。
「見え、ちゃったの……見たいワケじゃなく。姉貴の谷間見ても、微妙」
「微妙で悪かったわね」
確かに、最近発覚したこととは言え、列記とした弟な訳だし、谷間ぐらいで喜ばれたらそれはそれで困る。
「デカくなった気は、するけど……揉まれてんの?」
「そんなことっ………」
ないと言いかけて、言えなくなった。
揉んでる相手のいる前で…
「と、とりあえず、治癒するから」
耳まで赤く染め、椅子に座ろうとした葵の肩を後ろから要が掴む。
「無駄口叩く余裕があるくらいだ。今日は治癒なしだな」
まるで突き刺さる氷のように冷ややかな言葉が要から発せられた。
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