第4話 葛藤

1/2
前へ
/35ページ
次へ

第4話 葛藤

満琉がケトルを片手にお湯を注ぐ。 ふんわりと香ばしい珈琲の香りが漂い、ホッとする瞬間。 数ヶ月前まで珈琲の香りに安らぎなど得られなかったのに、今ではその香りは穏やかな時間の象徴だ。 満琉が陽だまりのカウンターの中にいる、いつもの光景。 祥吾と要が店の奥にあるテーブル席で険しい顔で話をしていること以外は、いつもの食後のひと時………… 「気になる?」 カウンター席に座り肩越しに二人を眺める葵に、満琉が声をかける。 「だって、要くんのあの顔、今にも祥吾さんを殺しちゃいそう……」 多分、かなり機嫌を損ねている表情だ。 何を話しているのか小声でわからないけれど、言い争いではなく、祥吾が要を説得しているような雰囲気である。 「祥吾は殺されても文句言えないわね」 満琉が笑い声を上げ、要がチラリとこちらに視線を向けた。 意味もなく要に頷いて見せて葵は満琉へと向き直る。 祥吾は殺されても仕方ないような話をしているのだろうか。 「満琉さん、スカウトの件って、満琉さんも行くんですか?」 祥吾と要が揉めそうな問題は星の数ほどあるのだけれど、直近では京都行きの件だろう。 「最初は行くつもりなかったんだけど、浜松に楓のお墓があるから着いて行くつもりよ」 「楓ちゃんの?お墓参りか……いいですね」 楓は7才で亡くなった能力者である。 前世では満琉の姉だった。 事情が事情なだけに最期の別れもなく、今に至ってしまった。 お墓参りに行きたい満琉の気持ちは痛い程良くわかる。 「葵ちゃんも行く?」 お墓参りには行きたいが、今スローネから離れたくない。 「今は無理よね」 黙り込んだ葵の顔を見て満琉が小さく呟いた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

120人が本棚に入れています
本棚に追加