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第4話 葛藤
満琉がケトルを片手にお湯を注ぐ。
ふんわりと香ばしい珈琲の香りが漂い、ホッとする瞬間。
数ヶ月前まで珈琲の香りに安らぎなど得られなかったのに、今ではその香りは穏やかな時間の象徴だ。
満琉が陽だまりのカウンターの中にいる、いつもの光景。
祥吾と要が店の奥にあるテーブル席で険しい顔で話をしていること以外は、いつもの食後のひと時…………
「気になる?」
カウンター席に座り肩越しに二人を眺める葵に、満琉が声をかける。
「だって、要くんのあの顔、今にも祥吾さんを殺しちゃいそう……」
多分、かなり機嫌を損ねている表情だ。
何を話しているのか小声でわからないけれど、言い争いではなく、祥吾が要を説得しているような雰囲気である。
「祥吾は殺されても文句言えないわね」
満琉が笑い声を上げ、要がチラリとこちらに視線を向けた。
意味もなく要に頷いて見せて葵は満琉へと向き直る。
祥吾は殺されても仕方ないような話をしているのだろうか。
「満琉さん、スカウトの件って、満琉さんも行くんですか?」
祥吾と要が揉めそうな問題は星の数ほどあるのだけれど、直近では京都行きの件だろう。
「最初は行くつもりなかったんだけど、浜松に楓のお墓があるから着いて行くつもりよ」
「楓ちゃんの?お墓参りか……いいですね」
楓は7才で亡くなった能力者である。
前世では満琉の姉だった。
事情が事情なだけに最期の別れもなく、今に至ってしまった。
お墓参りに行きたい満琉の気持ちは痛い程良くわかる。
「葵ちゃんも行く?」
お墓参りには行きたいが、今スローネから離れたくない。
「今は無理よね」
黙り込んだ葵の顔を見て満琉が小さく呟いた。
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