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季節外れの雪が春の野花に降り積もる。野花はその重さに耐えられず、小さな青い花を地面に落とした。 漸く訪れた春がこうして遠ざかり、また近付いては人を惑わす。 暖かな日差しに目を細めた途端に冷たい風が頬を傷付け、花を落としては嘲笑う。 内海望はこの村に訪れる春が嫌いだった。待ち望んでやっと訪れ、そして惑わしながら遠ざかる春が嫌いだった。 幾度も経験したはずの春にまた一つため息を漏らし、大きなスポーツバックを持って砂利道を歩いていく。 遠くに見える無人駅は冬に積もった雪が根雪となり残っていて、望の立つ場所から見るとまだ冬のようだ。 この土地から離れることは彼にとって寂しいことではない。むしろ、離れるのは清々する。 だが、そんな望の足取りは重くなかなか前に進まない。それは、就職先が決まっていない現実があったからだ。 大学に入ったと同時に同級生と同じように望もこの村を離れ一人暮らしをする予定だったが、高校二年の頃には母親だけを残して去る現実は非現実のように思えた。 中国残留孤児二世として漸く日本に帰国し、片言しか話せない母親を日本の小さな村に残すのは怖かった。  
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