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理由はそれだけじゃ無いだろうが、交通手段が悪い村に暮らせば周りよりも一足遅い就職活動になるのは仕方なく、仕事先は決まらなかった。
そして、小さく年寄りばかりの村の暮らしに馴染んでしまい、外に出るのが怖かったのもあるかもしれない。
周りは母親の片言で望を日本人として受け入れるのを拒み、漸く馴染んだ暮らしを手に入れたのに手放す勇気はなかなか持てない。清々するのに未だに恐怖感はある。
だが、望の母親は望がこの村で朽ち果てるのを強く拒んだ。
村に留まり暮らす理由が無くなった望は、見送られることもなく駅に続く春と冬の間に延びる畦道をゆっくりと歩いた。
「何処に行けって言うんだよ…」
暮らす場所は一応決まってはいるが、自分がどんな部屋に住むのかまでは知らされていない。
都会に出た母親の友人である宇津井という男も残留孤児二世だが、一度も会ったことはない。もしも現地に着いたとしても、都会の人の多さは望なりに理解している。
どうやって宇津井に会えばいいのかも分からない。
漸く無人駅に着くと、電車はすぐにやってきた。
乗り込めば誰も座っていない小さな車両は、望が暮らした村から無情に離れていく。
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