紡いだより糸

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紡いだより糸

 給水塔の壁に寄りかかって音楽を聴いていた。陽だまりに溶けたみたいな安心感がそこにあった。陽射しの煌めきに溶け込ませてしまうのだ。この屋上だからできる、魔法だ。  屋上の鉄製の扉が開いた。小さな頭がきょろきょろと辺りを見渡している。栗色のロングヘア―や、短いスカートから見えるふっくらとした太ももが、背後にいる僕の目に飛び込んできた。 「あれ、いないのかな」  彼女はようやくこちらに気付き、その途端「あっ」と悲鳴を上げた。 「どうも」  僕は小さく頭を下げ、苦笑した。彼女は林檎飴のように真っ赤っ赤になって、おまけに頭頂部から湯気を出し、声を張り上げた。 「そこにいるなら、さっさと言えばいいじゃないの!」 「何かを探しているみたいだったから悪い気がして」 「探していたって? そんな訳ないでしょ! 誰があんたなんかを!」  そう叫んだ後ではっと目を見開き、今度は達磨みたいに真っ赤になる。そして、僕の足を思い切り蹴り飛ばした。悲鳴を上げて身悶えした。 「別にあんたを探していた訳じゃない。いたらいいなってその程度。ただ、用があったのよ」  顔をみるみる赤化させて、僕を睨み付けてくる。どうしたらいいのかわからず、とりあえず手元にあったコーラの缶を差し出した。彼女はそれを見て首を傾げた。 「さっき売店で二本買っておいたんだ。きっと来ると思って」  彼女の顔が夕焼け色に色づいた。ぶすっと唇を尖らせながら、僕の隣に腰を下ろし、その缶を毟り取った。 「貰い物はとりあえず貰っておく主義なの。勘違いしないでよね」 「僕がどんな勘違いを?」 「いいから、さっさと用を済ますわよ!」  彼女は一気にコーラを飲み終わると、こちらへと振り向き、僕を睨み付けた。薄らと水玉のような粒が目の端に浮き、あわあわと唇を動かしている。やがて何かをつぶやいた。 「わ、私と――」 「私と?」 「後夜祭の、だ、だ、だ――」  僕はこくりとうなずき、彼女に笑いかけた。 「野木先輩、僕と後夜祭のダンス、一緒に踊りませんか?」  星空に浮かんだ月みたいに彼女が目を見開き、唇を微笑ませた。レースのカーテンの先に見えた誰かの笑顔のように、純粋に優しい、素敵な笑顔だ。 「ありがとう」  彼女はそう言った後、すぐにはっとしたような顔を浮かべ、絶叫した。 「何で先に言っちゃうの! どういう神経してるの!」  肩をぼかすかと殴られながら、僕は彼女の泣き笑いのような、怒り笑いのような顔を見つめ、うなずくばかりだ。  僕らの間には喧嘩しかないけれど、確かな糸が紡がれていた。重なり合って折れ合い、結び目を作って、最後にはより糸となる。それが僕と彼女にとっての、変わらない日常だ。  了
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