主人公

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「ほう、んで昨日から姿を見せなかったと言う訳か。なるほどなるほどってなるかーーーーい!!」  頭に手刀を入れられる。  当然反抗なんて出来ないし、お腹が減り過ぎて反応すら出来ない。目の前にいる、鬼の形相の女性の頭にうっすら角が生えてるのは幻覚だろうか。きっと今の状況と、肉体的、精神的な疲弊が積りに積もった結果であるだろう。 「ち」  横にいるロムと言う女の子がこれでもかと舌打ちを入れてくる。  いやねでもね、悪い事はしたと思ってるよ? でもそんなに怒らなくてもいいじゃん。ちょっと泣きそうにってるのよ俺。  ぐぅぅぅぅぅ。  腹の虫が鳴り響く。道中、公園の水を飲んだりして何とか飢えを凌いで来たが限界だ。何か固形物を食べないと栄養不足で死んでしまうぞ。 「ち」  今度はアカリと言う女の子の舌打ちが入る。きっと相当頭にきているのだろう、こめかみに十字路の印っぽいのが見える。もしかしてこれも幻覚か? ーー ーー  時を遡る事一日前。  俺はこれ以上迷惑はかけられないと、勝手に家を飛び出しては……。 「まじで……ここはどこなんだあああああ!!」  迷子になっていた。  まさか魔導車の車輪が無く宙に浮いてるなんて。常時物体移動の魔法で移動しているのかと思ったが、そうでは無いみたいだ。技術の進歩ってやつだ。  そこらで曲芸師が魔法を使い、子供達を喜ばせている。  とても素敵な使い方だ。やはり魔法はそうでなくてはな。何も破壊したりするのが使い方じゃ無いのだ。自分が知っている魔法は、どれだけ殺傷能力を高めるかで人々を認めさせるか、闇の魔物を倒せるかで評価される。そんなよりよっぽど良い。よっぽどこっちのが幸せにできる。  途中、本屋さんのような所があったので、試しに入店してみた。  良かった、至る所で立ち読みをしている人がいる。つまり、厳格に管理された場所ではなく、安心して情報収集が出来るのだ。 「まずはこの場所を知らないとな……。ええと観光書はっと」  そこで見つけたのは、「ようこそ、魔法都市ノスタルジアへ」と言う題名の本だ。中を開くと、全体的な見取り図と各部名称。近隣の古い遺跡や、国の歴史が記述されていたのだ。  現在、郷暦300年。  始まりは、一つの闘技大会。当時の人物、ノスタルジアが大会で優勝し、有り余る広い土地を求めたのが国の始まりだと言われている。  その地は、以前“ハス”が壊した不毛の大地。彼は故郷を取り戻したかった、と言い伝えられているのだ。  元々の彼の者の人間性も相まり、慕う者が増え、いつしか大きな市場を形成して行った。そのままみるみる人が多くなり、街に発展。政治力、統率力、全てにおいて一流だった彼が王になるのは時間の問題でもあったそうな。 (ふーんすげえ奴なんだな。と言うか、“ハス”って何だ?)  そもそも、郷暦って言葉自体聞いた事がない。戦暦ならあるけど。  暦に関しては国ごとに言い方が違うと聞いた事があるな。だとするとここは別の国、でもノスタルジアって国聞いた事がないし、段々訳が分からなくなってきたぞ。  店を出て、今度は近くの公園まで赴いた。  国立ノスタルジア公園と書かれた台座、だたっ広い芝生の上には人が沢山いる。 「魔法の波動を感じるな、みんな何してるんだろう。練習か?」  上空に風を撒き散らす者、火の玉を互いに投げ合ってる者、地面からどでかい氷の柱を出現させる者までいる。基本的にこの区域では魔法の自治は行われてなく、自由みたいだ。 「あ、水飲み場がある! 喉も渇いたし、潤していくか」  じゃぶじゃぶと沢山の水を接種すると、今後はお腹の虫がグーグーと鳴り始めた。とてもお腹が空いたのだ。 「どこか無銭飲食をさせてくれる所無いかなぁ」  もちろん、そんなボランティア溢れる精神で商売をしている人などいる訳がなく、途方に暮れるのがオチである。 「くっそーどこも知ってる場所が無いぞ。困ったな……」  遠くに見えるお城も見た事がない。そこらに歩いている騎士っぽいのも、着用している鎧が違うし、紋章も初めてみる物だ。 「とにかく、この公園の水で飢えを凌ぐしか道は無いぞ」  適当に歩き過ぎたおかげで、さっきの家に帰る道が全く分からなくなってしまった。しかも結構遠くにきてしまったかもしれない。  出来る事と言えばぼけっと時間が過ぎるのをひたすらに待つだけ。何か目的を持とうにも、周りは知らない事ばかり。  これからどうなるんだろう、お腹が減って頭も上手く回らないし、そもそもまだ体も十分に回復していない。  公園の椅子でしばらく眠っていると、目が覚めた時には大きなお月様が顔を覗かせていた。この風景だけは昔から変わらない。  時刻は分からないが、周りからすっかり人がいなくなっている。辺りは真っ暗であったが、何やら騒がしい。どこかで金属のぶつかり合う音が鳴り響いており、その音には聞き覚えがあった。 「誰か、戦ってるのか?」  やたらと気になる。  周囲に視線を向けると、暗闇の中で光り輝いて火花をちらせている空間を見つける。その上空には辺りを照らす魔法。剣を持った三人の騎士と、黒い布のを身に纏った何かが戦ってるのだ。  そして、騎士の大きな一発が黒い布の懐に入り込み、遠くに飛ばす。  刹那、黒い布がはだけ、一瞬だけ顔が見えた。  エルフだ。 Side ?? ––––数刻前、逃げ惑うエルフが一人。 「はぁ、はぁ、はぁ、くそ!! 王国騎士団め、しつこいぞ」  しくじった。  せっかく姿形を変えてまでお忍びで入国。兵士の目を欺き、やっと宝物庫に潜入出来たかと思ったら、まさかの騎士団長と鉢合わせするとは想定外だ。彼はあそこで何をしていたのだろう。  待て!!逃げるな!! 風の魔法でかまいたちを起こし、女性の背中を切り刻む。 「う、ぐうう!! ああああ」  激しい痛みが背中に刺さる。だがここで止まるわけにはいかない。捕まるわけにはいかないのだ。  回復魔法を詠唱したいが、走り回ってるだけで精一杯だ。  流石は王国騎士団。魔法の練度も相当高い。 「ここは国立公園。夜なら人がいない筈。ここで決着を決めるしかなさそうね!」 「へへ、諦めたのかぁ?」 「大人しく捕まればいいのによぉ」 「まあ、捕まえた後はすぐには引き渡さないぜぇ。その大きな胸でたっぷり楽しんでからにするからよー」  3人の戦士たちが下品な笑い声を上げる。 「ちっ誰がお前たちなどに……!!」  穢らわしい目で人の体をジロジロみる奴らに嫌悪を覚える。  女性は剣を構えた。 「おっと、俺たちとまともにやりあうらしいぜ!」  これまた下品な声で笑う騎士達。腕に相当自信があるのか、完全に油断し切っている。  剣の戦闘は得意では無い。自分の持ち味は後方支援。正面からやり合うのは非常に分が悪い。  剣に魔力を込め、戦闘に備える。  光の球を出し、一瞬だけ目眩し、その間に防御魔法を展開し、近接に備えようとするのだが。 「オラァ!!」  後方にいた騎士が真っ直ぐ突っ込んでき、体に一発重いのを貰ってしまう。  そのまま後ろに飛ばされ、剣を落としてしまい、地面に向かって悶絶することしかできなかった。当然、防御魔法なんて砕け散り、自分を守る術を無くしてしまったと言うわけだ。 「ごほ……ぐ……」  息が上手く出来ない。足に力が入らず動く事さえままならないのだ。 「さって、いい感じに夜だぜ。どこでやっちまうかぁ?」 「そうだなー、どうせなら兵舎に連れてこうぜ。みんなで楽しまねえと」 「泥棒に人権があるなんて思うなよ? たっぷりその体に刻み込んでやるからよー」  しまった、今の状態では流石に魔力が制限されて詠唱時間が遅れる。  もういっそ、正体を明かして本気の状態で挑むしか道はない。国際問題になるのは必須だが、ここでこんな奴らに弄ばれるよりかは百倍マシだ。 「……イリュージ––––」 「おい、お前らそこで何している」  急に声が割り込む。  皆の視線が一つの所に集中される。  そこには、月夜に輝く銀髪の青年が立っているのであった。
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