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5
城の外が紅蓮の炎に包まれる。敵襲にしたっておかしい。だって人間と先代の配下の兵力はほぼ皆無のはずだ。配下は見張りがいるはずだから情報が入らないことはない。
「マーレ、これは……!?」
目を開けたステラの手を握り、私は急いで魔法を使おうと店に侵入した。が、入る前に攻撃を受けた。誰かが私の脳に侵入し、魔法を使えないように邪魔をしている。そんなことは初めてだったので、最初は何が何だか分からなかったんだ。驚いて攻撃された頬を手で押さえていると、火急の場には不釣り合いな、作られたような不気味な女の声が聞こえた。
ーーえますか、聞こえますか。我が負の遺産、魔族よーー
負の遺産。酷い言い様に思わず舌打ちをすると、身体全体が重くなった。重力魔法で身体全体を上から圧迫されていたのだ。動けずもがけず、このまま内臓ごと潰されるのではないかと覚悟したが、指が鳴ったと同時に身体が軽くなった。女の声もせず、聞こえてきたのはやる気のない声。
「ちょっと~困りますよ~営業妨害です~」
店員だ。店員が先ほどの重力魔法を解除し、脳に侵入してきた何かを追い出したのだ。いつもうっとおしい容姿が、その時ばかりは頼もしく見えた。奴はしゃがみこみ、自分の方に目線を向ける。緊迫した状況にも関わらず、雰囲気はいつも通りだった。
「あ~あ。ついに来ちゃった」
悪戯がバレた子供のように舌を出す奴を見て、私の不安は止まらない。この際舌についていたピアスなど知るか。
「お、おい店員……助けたことは礼を言うが、奴らは一体……!?」
「うんうん。分からないよね。さっき脳に侵入してきた時に長くなりそうだったから、要件だけささっと聞いてきたぜ。あいつらさあ。人間なんだ」
今まで聞いたどの言葉よりも衝撃で、思わず唾を飲み込んだ。
「勇者さんの親がいなくなったって話してたでしょう? あれ魔族に襲われたんじゃなくて、逃げたんだよね。ほら、都市伝説の地下で人間が報復する準備してるってやつ。あれ」
「は……?」
状況が飲み込めない。それに勘付いたのかめんどくさいのか、店員は「あ~……」と間延びした声を出す。
「じゃあ勇者さんたちは何?って話だよな。勇者さんたちを含む人間は魔族の注意をそらすための囮として地上に残されたのさ」
つまり、だ。自分の予想と店員の言葉を、冷静になって繋ぎ合わせる。
「増えすぎた魔族を一掃するため、一部の人間は我々を欺くために残して、他の人間たちの大半は、地下で我々を倒すために……?」
「そうそう! わ~! 話が早くて助かるぅ!」
「なんだそれは?! 無茶苦茶ではないか!?」
怒りに身体を起こして目の前の店員の胸ぐらを掴むと、奴もまた、怒っているようで私を睨みつけているように見えた。
「ああ、そうだ。無茶苦茶なんだよあいつらは。俺達から娯楽を封じ、恋愛も封じ、ついに自由まで封じておいて、今度は俺達から魔法や魔族を奪いやがった」
怒りを孕む声色に一瞬怯んだが、すぐにいつも通りの声色になった。
「それで攻めてきた地下の人間たちは、アンタに提案があるそうで」
指を三本立てて、条件を言うごとにその指を折ってゆく。
「一つ、魔王の力を全てこちらに渡すこと。二つ、魔王は勇者にトドメを刺されること。三つ、二つをクリアしたら地上に残された人間は助ける」
何もかも絶望的だった。つまり、私を含む魔族は全員死ぬしかないということだ。魔族の王に立つ立場だったら、条件は飲めない。だが、人間を助けるとなると。
「まあ、あいつらのことだから、もしかしたら魔族の半数ぐらいは今頃倒してるんじゃないかなぁ〜。今頃無残にも解剖されているかもしれない」
睨み付けると「可能性としてはありえるでしょ」と店員は付け加えた。
「勇者に事情説明するしかないでしょ」
「いや……優しいステラのことだ。きっと私たちの味方になるだろう……」
結果。ステラの記憶を封じ最初の街からやり直しをさせ、私を倒す算段にした。記憶を封じるのは魅了魔法の応用で禁断の魔法らしいが、この際仕方ない。私はステラの元に戻るとすぐにその魔法をかけ、転送魔法で最初の魔法に飛ばした。私は地下の人間達に捕まり力を吸い込まれる日々を送っていたが、叔母達が逃がしてくれた。……きっと、あの壁の中にその骸もあるだろう。そして地上の人間に拾われた私はオークションに出され……というわけだ。
私はレベルを上げて戻ってきた。勇者の記憶から私を消し、私は魔王として勇者に倒されるのだ。本来の運命通りであろう。今の私に以前のような強さはなく、勇者はレベルが上がるばかり。天と地の差もある。これで地上の人間が、ステラが救われるなら。
視線を感じる。きっと、地下の人間達がこの現場を目撃しているのだろう。なんと悪趣味で下劣な奴らだ。私の戦いを、今からエンターテイメントの一つとして見るのだから。
「物語の主人公たちも、こういう気持ちだったのだろうか」
昔読んだ物語、本たちに思いを馳せる。まだこの世界には、見たことのない本たちがたくさんあっただろうに。
「ーー魔王!!」
凛々しい声が、この禍々しい空間に木霊する。褐色の肌に星色の瞳。甲冑に身を包み、剣を片手に勇者ステラが私を見据えている。
「ああ……来たか、勇者ステラよ!! 歓迎しよう!!」
初めて対面とした時と同じように、仰々しく歓迎する。あの時は、嬉しさでつい語尾が上がってしまったが、今は違う。
「貴様が魔王か」
「ああ、そうだとも!! 私が魔族の王だ。先代の魔王より惨たらしく貴様を葬ってやろう!!」
ステラが剣を構えて徐々に近づいてくる。
「魔王よ。オレより先に、一人の魔族が……夢魔が来たと思うが、知らないが?」
「ああ、あの下級魔族か。奴は私に刃向かう愚かな夢魔だったよ。貴様を庇って先陣を切ったがいいが、返り討ちにした」
壁一面に広がる骸を指すと、ステラはピクリと眉根を動かす。
「さぁ、勇者よ掛かってこい! 私の炎が貴様の四肢を燃やし尽くすだろう!!」
さあ、来い、ステラよ。戦いの最中にキミに記憶消去の魔法を掛け、その苦々しい記憶を全て消そう。
可愛がった妹君や親代わりの師匠との悲しい別れも、私との思い出も、すべて……すべて忘れて、同胞達と新しい人生を歩んでくれ!!
「マーレ、演技下手になったな?」
中央でピタリと足を止めたステラは、剣を魔法陣の中央に突き刺した。甚大な音を立て、私の力が溜まった球体を剣に突き刺し、取り出した。呆然とする私をよそに、ステラは言葉を続ける。
「ふーん。これがマーレや他の魔族の力が集まったやばい魔法? 確かにこれが破裂したらこの世界はやばそうだなあ」
まるで他人事のように、その球を見つめている。何故ステラに扱える? その前に何故剣で刺せる?
じっと剣を見つめると、薄い膜……バリアが貼ってある。しかも剣だけではない、ステラの全身にも。あれは、彼が出しているのか?
「でもさ。それって下の奴らも一緒だよな?」
にこりと。いつもの、ひまわりの花が咲いたように笑うステラの笑みは、何故だか知らないが悪を孕んでいた。私に手を振るその姿に、震えが止まらない。
消えるステラを止めることが出来ず、私は急いで店に侵入する。
「わ。甲冑のまま来たよこの人。仕事着ってレアだなあ」
店は灰色のシャッターで覆われ、つるし看板には「閉店」と書かれてあった。
「どういうことだ!???」
兜を脱ぎ捨て、そのまま店員に殴りかかった。が、店員は薄い掌で私の打撃を止める。
「いやあ。本当はうち、ステラさんとこに移転してたんですよね。けど、ステラさんからマーレもアクセス出来るようにしてくれってせがまれてたんですよ〜。その期限が切れました、マーレ店は今日でおしまい!」
空いた片手の指から白い紙を浮かばせながら出現させる。見ると、確かにステラの直筆と血痕らしきものが記載されている。
「移転、だと?」
「あら。元お客さん本当に気付いてなかった。ステラさんは、記憶魔法に掛かってないんですよ?」
「……は?」
それを最後に、目の前が真っ暗になる。空間から無理矢理追い出されたのだ。玉座の間に意識が戻った私は現実でも兜を外し、息をなんとか整える。
店に侵入を試みるも失敗する。借りた火魔法と風魔法は出せるようだ。答えを出そうとしたと同時に、ステラが帰ってきた。ただいま、と挨拶する彼は、笑顔ではあったがやはり何処か影を落としている。
「ステラ……何をしてきた?」
深呼吸をして問うと、ステラが一笑する。
「さっきも涙声だったのに、今も声を震わせて……愛おしいマーレ。可哀想」
冷や汗。彼からは出るはずのない台詞に、絶句する。
「あの球を地下で破裂させただけだ。だって奴らはマーレや魔族の人たちにひどいことをしたんだ。このくらいの報いは受けてもらわねば」
どのくらい死んだかなぁ。聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声量で呟いたステラが、私に向かって歩み寄ってくる。
「な、何故そんな……同じ人間なのに……」
「マーレ。オレはな、お前を否定する世界は壊したい」
勇者から、魔力が溢れ出ているのが分かる。それは漆黒のように黒く、毒のように禍々しく。その暗鬱なオーラが、ステラを包み込む。
「店員から全部聞いた。この世界の成り立ち、オレたちがここにいる意味。なんと勝手なんだろう! そんな奴らの欲のために殺されるマーレが、あまりにも可哀想で、可哀想で」
飽くまで私のためと言っているが、あまりにも度が過ぎている。身体中が震え、この目の前の何者かをなんとかしなければという気持ちに駆られる。
初めて感じる、恐怖であった。恐怖は防衛機制を引き出す。私はただそれから逃げ出したくて、火魔法をステラに向けて放っていた。だがステラは何食わぬ顔で剣で一刀両断する。後ろに下がるも、玉座によって行き止まりになる。ステラが階段を上っていく音が、地獄へのカウントダウンにも聞こえた。
「やだ……お願い、来ないで……」
まるで、今から襲われる生娘のようだ。足が竦んでそこから動けず、近づいたステラは剣を私の甲冑のマントに玉座ごと突き刺した。
「もう怖がらなくても大丈夫だ! これからはオレの”魔法”がお前を守る! 濁流に飲み込まれた時だって水魔法で助けれたんだから」
星が好きだった。
漆黒だが溝のように汚くなく、綺麗に墨を垂らした星空に点在する星が好きだった。
無数のように散らばるそれは、どれも同じ輝きをしておらず。一つ一つが違う輝きを纏い、存在していた。
彼の瞳は星のように綺麗で、輝いていた。初めて彼と対峙した時、綺麗という単語が口から漏れそうになった。
「ああ、でもやっと」
だが、今の彼は違う。禍々しい背景を背に自分を見下ろす男は、不気味な笑みを浮かべていた。
私の上に馬乗りになり、私の心臓に手を当て、笑っている。私は、あの笑顔のキミが好きだったのに。
「邪魔者が、いなくなったな」
彼の黒髪と煌めく瞳が、夜空に浮かぶ星のようで綺麗だと思った。
だが今のキミの瞳は、術に侵され変色してしまった。黒く濁った瞳に写る私は、ひどく怯えていた。
何故こうなった、何故こんなことになった。人類の希望の星として私を倒すために送り込まれた彼は、何故こうなったのだ。
いや、違う。私が、こうしたんだ。
「やっとお前にキスが出来る。だいすきなだいすきなマーレ」
星を落としたのは、私だ。
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