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 オークションに出品されたのは初めてだ。人間たちが一心不乱になって私に値段をつけてゆく。値段が落ち着き、競り落とされた私は舞台裏に戻された。 手錠や足枷も初めての体験だ。想像以上の重さに少しだけ驚いた……が、所詮は魔術の心得がない人間が作った、ただの鉄の塊だ。火魔法で溶かすことも考えたが、それだと自分の手が(ただ)れてしまう。警備の人間の瞳に視線を合わせたら、一発で落ちた。人一人を数分ほど操れる魅了魔法は使えるらしい。手錠と足枷を鍵で解錠し、すぐに逃がしてくれた。  羽根を出す力がないため、地味だが走って逃亡する。本当はさっきの人間の精を食らえばよかったのだが、私は彼以外の精力は食したくなかった。 そんな余計なことを考えていたら、石に躓いて無様に転けてしまった。膝が擦りむけ、じわじわと痛みを感じる。こんなに惨めな気持ちは初めてだ。今日は初めてだらけの日らしい。だが、早く逃げないと、追っ手が来るかもしれない。殴られて、もっと酷いことをされるかもしれない。そこまで考えると、つい先日まで受けていたトラウマが甦ってきたのだろうか? 物音がしたのに身体が動かず、逆に強張ってしまっていた。 「大丈夫か?」  追っ手ではなかった。強く、優しい声色に懐かしさを感じる。私に手を伸ばした彼は、鎧に身を包み、剣を携えた戦士であった。長身で屈強な体躯、褐色の肌に暗い青の髪、色素の薄い瞳。後ろ髪を三つ編みに結っている彼を、この世界で知らない者はいなかった。 「助けてくださってありがとうございます、勇者様」  宿屋という安全な場所に運んでくれただけではなく、怪我の治療や飯まで馳走になってしまった。 深々と頭を下げると、勇者は頭を上げろと焦っていた。顔をあげると、勇者がじっとこちらを見ている。 「私の顔に、なにか?」 「ああ、いや。瞳がさ、海の色だなって思って。夢魔の瞳は血のように真っ赤か、ギラギラした金色をしているって噂で聞いたから」 「勇者様が海の色だと仰るのなら、その通りです。私の瞳の色は見た人間によって変わるので……」  夢魔と悪魔の混血(ハーフ)である私は、姿が変化しない代わりに、瞳の色はその対象者の望む色になる。まさに中途半端な代物である。 「……海が、お好きなのですか?」 「ああ。オレは海育ちなんだ。帰る家はもう無いけど、海がある限り、そこがオレの帰る家だ」  勇者の瞳は、そこに海があるかのようにまっすぐ見据えていた。 「勇者様の瞳は、星のようです。暗い青の髪と瞳が、まるで星空のようで」  正直な感想を述べると、勇者は目をぱちくりさせている。惚けた顔が少し間抜けだ。 「は、じめてだ。そんなことを、言われたのは……」  動揺したのだろうか、口調が少し崩れた。 「自分の容姿が好きじゃないんだ。妹やみんなは綺麗な金や銀なのに、オレだけ暗くて……ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいな」  勇者は照れながら、ふとあることに気付く。 「名前を言ってなかった。失礼した。オレの名前は”ステラ”。お前がさっき言ったように、古い言葉で星という意味だ」 「存じ上げております。勇者ステラ様。この世界の救世主……」 「好きに呼んでもいいけど……その勇者様っていうの禁止な、敬語も禁止!!」  そういうと思ったよ。返答の代わりに微笑み返す。 「私の名は、マーレと言う」 「マーレ、か。なるほど、お前は海という意味なんだな」  勇者の手が自然と私の頭の伸び、穏やかな手つきで撫でる。 「マーレ。いい名前だ」  マーレ。その言葉を愛おしく思う。今はその懐かしい言葉を心の中で反芻し、勇者の、ステラの手に身を委ねた。
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