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1’
轟く雷鳴を背景にそびえ立つ魔王城。ついにオレは、ここまでやってきた。勇者として選ばれ、たった一人の肉親と師匠を失い、仲間たちも失った。
すべてを失ったオレに出来ることはただ一つ。魔王を倒すこと! たとえ刺し違えになっても、絶対倒す……!!
「嗚呼……なんという悲劇だ!! あの勇者が、魅力魔法に陥って敗北してしまうとは!!」
低い声で、魔王は叫んだ。負けた。情けないことに、オレは魅了魔法に掛かり、自滅してしまったのだ。魔王がオレの三つ編みを掴んで笑っているようだ。効果は切れたが、体力がギリギリしかないため動けない。魔王はオレの髪から手を離すと、踊り子のように踊りながら、歌うように言葉を続けた。
いかつい兜や甲冑、真っ黒なマントに身を包んだその姿からは想像もできないほど、軽やかに動きをしていた。
「嗚呼、勇者よ。お前のその屈強な体躯は飾りか? 今までの鍛錬がすべて水の泡だ!! 情けない、情けないぞ!!」
たいく? たいくってなんだ? 言葉の意味を考える余裕がある自分に驚いてる。
「さて……。惨敗した勇者を、どうしようか」
魔王の足がピタリと止まると、奴から殺意が溢れ出てきた。オレの身体から、汗が噴き出ているのが分かる。
「首を刎ねるのもよし、内臓を取り出して料理するのもよし……人間共に絶望を与えるには、どれも刺激が強すぎるか?」
どちらにしろ、オレを殺し、身体を裂いて民衆に晒すつもりらしい。覚悟を決め、深呼吸をした。
「さっさと殺せ」
魔王が首を傾げ、聞き返した。
「オレが死のうとも、次の勇者が貴様を倒す。オレの魂は次の勇者に受け継がれ、新たな剣が貴様を貫く! さぁ、早く殺せ!!」
魅了耐性がない勇者だ。もう、この魔王を倒すことはできないだろう。オレの叫びを聞いた魔王が発したのは、深いため息であった。
「……萎えた」
吐き捨てるように言うと、魔王は兜と甲冑を、まるで服を脱ぐかのように雑に脱ぎ捨ててゆく。オレはその中身を見て言葉を失った。
アルビノの長い髪と、透き通るような肌。頬には魔力が込められているのであろう赤の刺青が刻まれている。背中には黒い羽根、尻には悪魔の尻尾が生えていた。収納していた羽根と尻尾を手足と共に伸ばし、広げている。大きな黒い羽根と、白い髪、赤い刺青、そして端正な美少年の顔。その姿が恐ろしくもあり、美しくもあった。
華奢な……胸がないから、恐らく男が出てきたものだから、オレは混乱していた。
「夢魔? いや、悪魔……?」
「どっちも正解」
美少年から先ほどの低い声が出たものだから夢から覚めたような気分になる。
「夢魔と悪魔のハーフだ。こんな下級魔族が魔王で驚いたか?」
ブーツも脱ぎ捨て、オレより背が低いであろう青年、いや少年か?は、オレのことをバカにしながら考え始める。
「魅力耐性はない、それでいて真面目。さては鍛錬ばかりしていて遊んだことがない童貞だな? そして精神が弱い……いや、違うか? 心に鍵がない? う~ん」
魔王はしゃがみこんでオレと目線を合わせた。突然口調が変わったのもあり、一気に距離が縮まった気がする。いや縮まってどうする。
「どちらにしろ、すぐに殺すのは惜しいなあ」
魔王は体格差のあるオレを起こし、持ち上げた。軽い荷物のようにヒョイと持ち上げ、力を振り絞って抵抗するも、華奢な魔王はビクともせず。
「き、貴様っ! 何をする!?」
「しばらくお前を観察することにした。命拾いしたな、勇者よ!」
牢獄にぶち込まれることを想像していたが、安い宿のような質素な部屋に案内されたから拍子抜けした。魔王城の中になぜこのような部屋が?
「風呂はここ、着替えは後からクローゼットに入れておく。ベッドはダブルだが好きに使え。飯は今から用意する」
テキパキと部屋の案内をし、魔王は去ろうとする。ベッドに投げ出されたオレは、魔王を呼び止める。
「なんだ? あ、そうか! 今、風呂に入れないか。なんなら一緒に入ってやろうか?」
茶化すものだから、オレが怒鳴ると、魔王は尻尾を振ってその場を去った。
「同じ、色だ」
妹や師匠、仲間を殺されて、憎くてたまらないのに。奴の瞳が故郷の海のように真っ青で、懐かしさを感じる自分がいた。
あまりにも、あまりにも愚かすぎる。オレは自分を責め、涙が溢れてきた。
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