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ステラが起きたのは何もかも静まり返った夜中で、大きく息を吐き、尋常じゃないくらいの汗をかいていた。
「ステラ? 大丈夫か?」
タオルで彼の顔の汗を拭いていると落ち着いたのか、ステラの呼吸が徐々に落ち着いていった。
「あ、ああ、ありがとう。なんか変な夢を見てしまって……」
「夢……か」
「キミのせいじゃないことは分かっている。オレが夢を見ているということは、キミはオレの夢を食べていないんだろう? 気を使ってくれてありがとう」
ステラの大きな掌が、私の頭を撫でる。ゴツゴツとしたその大きな掌に様々な思いがこみ上げてくる。
「魔族にも、こんな子がいたなんてなあ」
ステラは魔王城を目指しているという。私の聞いた情報では、魔王城は燃え、魔王に挑んだ勇者ステラは数週間前に人間界に戻ってきた。
事実上、勇者は魔王を討伐したと世間では噂になっている。ありのままに聞いた話をすると、ステラの顔が曇った。曇ってもなお、瞳は星のように輝いている。
「それがなあ……魔王を討った記憶がまったくないんだ」
「記憶がない?」
「ああ。魔王城に入ったまでは覚えている。だが、それから王様の城に帰るまでの記憶がまったくない。何ヶ月かぐらいごっそり抜けている感じだ」
勇者はサブバッグから折りたたんである紙切れを取り出す。そこには頭蓋骨の絵があり、「異常なし」の文字が記載されていた。
「だがな、嫌な予感がしたんだよ。最近魔族が出なくなったが、魔王が倒されたからといって一気にいなくなる種族じゃない。もしかしたら、オレは幻術か何かに掛かっていて、本当は魔王を倒せていないのかもしれない」
「……もし、魔王が生きていたら?」
「その時は……」
目の前の優しい男は、口を閉じ、眉根を下げて心配そうな表情を浮かべた。しまった、顔に出ていたらしい。
「ごめんな。キミも魔族なのに、王様のこと」
「いや、仕方ない。……魔王はそれほどの仕打ちを人間たちにやってきたのだからな」
自分も連れていって欲しいと告げると、ステラは目をぱちくりさせる。呆けた顔が面白い。
「ダメか? オークション会場で最近魔族が忽然と姿を消したことを耳にしてな。いてもたってもいられなくて、外に出たんだ」
問われる前に理由を述べると、彼は首を捻る。
「そうか~……いや、そうだよな。気になるよな」
うんうんと一人で納得するステラだが、それでも表情は難色を示していた。
「マーレは魔法を使えるのか?」
「ああ、もちろん」
「でも、どのくらいのレベルの魔法が使える? いくら魔族が姿を消したからといって、何が起こるか分からないんだ。ある程度のレベルは使えないと」
「分かった」
正直、あまり自信はないが。私は神経を集中させ、自然に語りかける。目の前の風景が移り変わり、精神だけになった私は、自然から魔法を借り入れる場所に着いた。
太古の昔、様々なフィクションなどの記録媒体を貸し出している店舗があったそうな。それに酷似した二階建てのその建物に入店するため、入り口の前に立つとガラスのドアが横に開く。
店に入ると、一番に黒い物体が目に入る。長い黒の前髪で目が隠れた店員は、金銭登録器が置かれた場所で魔法が入ったケースを整理している。 欠伸をしながら業務をこなす姿はやる気のないように見えるし、手際がいいようにも見える。奴が挨拶をしないのはいつも通りである。
とりあえず、今の状況を見せるなら火魔法だろう。赤いケースに入ったスペースに目をやると、ちょうど中レベルの魔法が一つ借りれる状態であった。このレベルは使いやすいので人気なのだ。
「珍しい。水の大魔法がない」
おっと別の棚を見てしまった。お目当を取ろうとしたら「おきゃくさ~ん」とおどろおどろしい声が聞こえた。返却物を整理し終わった店員が、他のケースを戻そうと私の後ろに立っていたのだ。
「貴様は相変わらず不気味で声が小さいな。存在感もない」
「はあ。口の悪いお客さん、常連じゃなかったら出禁にしてますよ」
店員は自分の持っていた赤いケースを差し出す。それは小くらいのレベルのもので、「初心者よりは出来る」くらいのレベルのもので。
「お客さん、こないだ有り金を費やしたでしょ。今はこのくらいが一つしか借りれませんよ~」
そんなまさか。首から吊るしていた魔法用のがま口財布の中を見ると、私の現在の持ち金は通貨が一枚のみ。本当だ。これじゃあ小魔法しか借りれないじゃないか! ああ、店員笑いを堪えるんじゃない! 本当に腹が立つな!?
目を開くと、先ほどと変わらないステラの表情がある。店を出ると、現実に戻るのだ。こちらでは何秒も立っていないだろう。
「……これしか使えない……」
情けない。指を出すと、煙草に火をつけるアイテムよりは大きな炎が出た。あまりにお粗末な火魔法だ。
「で、でも大丈夫だ! この先魔族を倒してレベルを上げれば……あ」
自分で発言して思い出した。魔族が出現しなくなったのだ。レベル上げもへったくれもないじゃないか!
頭の中が真っ白になるのを感じる。こんなことは、初めてだ。だが、弱音を吐くより先に……ステラに肩を叩かれた。
「オレが訓練をつけるよ」
ふんわりと笑うステラは、なんとも頼もしい。
「毎日、オレと特訓しよう。魔族を倒すよりは経験値は入らないけど、多少なりともあがるはずだ。少しずつ進みながら、一緒に行こう」
私をパーティから外すこともなく、共に歩む道を示してくれる。手を引いて前に連れて行こうとしてくれる。彼が勇者に選ばれたのも、こういう人柄もあってかもしれないな。
「ありがとう、ステラ」
礼を言うと、ステラは白い歯を覗かせて笑った。
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