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 得意げな顔でそれを紹介する魔王に、オレは困惑していた。  魔王に敗北し、奴と生活を共にして三日は経過したと思う。 一体何をされるのか。夢魔というのだから精神的に、そして性的な苦痛……いや苦痛ではないか……を受けるのかと思ったが、そんなことはなかった。むしろ、夜はキチンと眠るというあまりにも規則正しい生活を送っていた。朝は早起き、朝飯を食べ、昼は運動と称して城の中を走り回り、昼飯を食べ休憩。夕方になったら風呂に入り、晩飯を食べ、時間になったら寝る。恐らく、日付が変わる前には寝ていると思う。夜はきっと寝れないのだろうと覚悟していたが、元々寝つきが良かったお陰なのか。敵地にも関わらず、昼の運動もあってかすぐ寝付いてしまった。そんな健康的な三日間。オレはあることに気づいた。  魔王城には、魔王以外の魔族がいない。こんなに広い城なのに、今はオレと魔王の二人しかいない。そうえば侵入した時も、まっすぐ玉座まで行けた。 三日間走り回ったが、隠れている様子もなかった。 魔王はオレを殺すつもりがない。それどころか、人間に興味を持っている。その証拠に魔王は毎日、オレに手料理を振る舞ってくれるのだ。 初日は肉。毒を盛っているのではないかと怪しんで食べなかったところ、機嫌が悪くなった魔王に無理矢理食わされた……食べられないことはなかった。 なんの肉かは分からないが、焼きすぎてちょっと焦げているとは思ったが、その日は腹を下すことなく過ごせた。そして今。魔王は満面の笑みで朝飯を持ってきた。 「会心の出来だよ、勇者くん」  得意げな顔をして、魔王はそれを目の前のテーブルに置いた。 「小麦粉と卵だけで調理出来るとは……人類の発明だな、ホットケーキとやらは!」  目の前に出されたホットケーキ……らしき物を出され、嫌な予感がした。 この料理は太古の昔から伝わるお菓子。何度か作ったことはあるが……何故こんなに焦げている? 上に乗っかっているバターが可哀想に見えてきた。魔王はリアクションが欲しいのか、ニコニコしながら視線を向けている。 「あー……。魔王、さ。これどうやって作った?」 「おお……! よくぞ聞いてくれたな、勇者よ!! まずは小麦粉と水と卵を混ぜるだろう、次に鉄の……」 「フライパン?」 「そう! それを小の火魔法で加熱し、小の氷魔法で冷やし、再び火魔法で加熱し、そこに小麦粉たちを投入する!! 大変だったんだぞ、これくらいの火で頑張ってな!!」  魔王は指先に火を灯す。小と言っていたが料理で見る強火ほどはあると思う。どうやら魔王は、皿やら洗濯物は水、料理には火の魔法を使っているらしい。魔法は自然からの借り物と聞く。普通の人なら、それを借りるのに一日で三種の魔法が限度らしい。魔法使い曰く、使用する際に自分の脳内から自然に、確かアクセスと言っていたか……アクセスして、そこから目当ての魔法を貸し出してくれるよう対価を払う。魔法通貨と言っていた。まるで武器屋で硬貨を出し、武器を購入するように。 魔法のことを知れば知るほど、借りれる種類は増え、上限も増えるという。だが、魔族の場合それが桁違いだそうだ。ここで人間と魔族の差がついてしまった。  魔王は魔王なりに頑張った……と思う。犬のように尻尾をぶんぶん振り、オレの反応を待っている。恐る恐るフォークを持ち、中を開けると、こんがり焼けたものが出てきた。オレはお節介だと思いながらも正直な感想を口にする。 「……あのな、魔王」 「お?」 「火加減が強すぎたのか時間を間違えたのか知らないけど、これは焼き過ぎだ」 「えっ」 「あと小麦粉と水で作ったと言っていたが、ホットケーキは、ホットケーキミックスを使った方が楽に作れるんだ」 「ほっとけーき、みっくす」 「小麦粉だけで作る場合、ベーキングパウダーとかその他諸々が必要なんだ」 「べーきんぐ、ぱうだー ……」  魔王は大声をあげてホットケーキを取り上げようとした。予想通りの行動だったので、それを持って部屋から逃げた。 後ろから、魔王が「返せ」だの「捨てる」だの声をあげて追っかけてくる。ちょっと距離が空いたとこで、持ってきたフォークでホットケーキを食べると、魔王はその場に崩れ落ちた。炭かと覚悟したが、まあ食べれないことはなかった。今日は腹痛を覚悟した方がいいかもしれない。 まさか、こんなことで魔王に膝をつかせるとは……。ホットケーキを飲み込み、落ち込む魔王に「ごちそうさま」を告げる。魔王は顔をあげ、悔しそうに眉をあげ、切れ長の青い瞳がオレを見つめていた。 「勇者よ……。いつかきっと、お前に雪辱を果たす。やはりレシピの解読が間違っていたのか……」  ぶつぶつ呟く魔王のある単語に、オレは首を傾げた。 「レシピ?」  レシピって、料理の作り方が書いてあるレシピのことだろうか? 魔王が、人間の作った”レシピ”を見ている?? オレの反応を見て、魔王は「そういえば」と壁を触り始めた。 「この辺だったな」  魔王の手が止まり、ある石材を押すと、それはスイッチを押したように凹んだ。すると音を立てて壁が開き、びっくりするのもつかの間。魔王はオレの背中を押し、オレは壁の中に吸い込まれてゆく。それに魔王が続く。中は滑り台のように平らで、そのまま下へと落ちていった。 上手い具合に受け身が取れず、地面と激突した。幸い怪我はなかったものの、その上に魔王が来るからたまったもんじゃない。オレはクッションか。 「痛い」と訴えてると、魔王は羽根を広げ、飛んで行った……最初から羽根を広げて落ちてくればよかったのでは? 上に行く魔王を目で追うと、その光景に圧倒された。以前城のどこかで嗅いだ、独特な匂いがするとは思っていたが。これは……古書の香りだ。地下室と呼ぶべきだろうか。その部屋の辺り一面には、大きな本棚と、その本棚に収納されている大量の本たちがあった。 「こ、これは……」  圧巻。空いた口が塞がらずにいると、魔王は一番上の本棚から本を取り、自分の元へ急降下してきた。 「これだこれ! このレシピには、ほっとけーきみっくすとやらも、べえきんぐぱうだー?とやらも載ってないぞ!」  魔王が持ってきたのは、本というよりノートと呼ばれるものだった。太古の昔、人間が書き写す際に使っていた薄い本だ。 表紙には「さっちゃんのおかしノート」と赤いペンで書いてあり、下には名前らしきものが書いてあったはずだが、霞んでいて読めなかった。可愛らしい料理の絵が貼られている。これも太古の昔に存在した”シール”というものだったはず。 「さっちゃんという料理人の記したレシピだ。他の本とは違い、薄くちんけな本だが、分かりやすく記載されている」  ノートを開くと、ホットケーキの……確か、写真という技術だと思う。それが貼られていた。魔法が生まれてから、以前の文化は身を潜め、だからと言って消えることもなく、片付かない部屋のように乱雑していたらしい。だが魔族が発生してからは人間が減り、化石と化したらしいので、こういうものはとても貴重だ。まさに骨董品である。その印刷した写真の下に、材料と簡単な作り方が書いてあった。文字は若干掠れている。これを見ながら作ったとしたら、すごいのだが……。 「文字が、読めるのか?」  一番疑問に思っていたことを聞くと、魔王はキョトンとしていた。一体何を聞いているんだと言いたげな顔だ。 「この本たちは、一体なんだ? お前は、もしかして……人間が、好きなのか?」  魔王が手のひらでストップをかける。 「分かった分かった。順番に説明してやろう」
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