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 三色のケースを金銭登録器まで持っていき、胸を張った。 「見ろ! 今日はついに三種類借りれるようになったぞ!!」 「へえ~。昨日は二種類だったのに。大したもんですねえ」  得意であった桃色の魅了魔法は中レベルまで、赤色の火や緑色の風など、自然魔法は小くらいまでで扱えるようになった。 「これも勇者さんとの特訓……愛の力、ですかねえ」  店員がケースを登録器に通しながら、何やら皮肉めいた台詞を吐いた。 「おい、何が言いたい」 「いやあ、ね。お客さん、アンタが一番分かってるでしょ? 勇者さんの記憶を封じ込めたのはアンタなのに」  三種類を登録器に通し終え、返却期間が記されているボロボロの袋に入れて渡してくる。それを乱暴に受け取り、奴を睨んだ。 「あんな難儀な魔法したの、お客さんが初めてですよ」 「でも、この店にあったぞ」  店の二階の奥に、何故か仕切りがしてあるスペースがある。そこには禁忌だか代償が重いだか、興味がなかったので今まで見向きもしなかったが、そんなわけが分からない魔法がいっぱいあったのだ。 「あるにはあるんすけどね~。いやあ、自分の残っていた通貨を全額支払いってどんだけですか。全額支払いは全てが0になるのに」  店員が深い溜息をついた。まったく大儀な奴だ。お前には関係ないというのに。私は何も言わず、店から出て行った。今日もステラが待っているんだ!  戻ってくると、ステラがカップに入ったコーヒーをふぅふぅ息を吹いて冷ましていた。図体が大きいのに、猫舌とは可愛らしい。 「なあ、メーア。今日はレベル上げやめないか?」  ステラの太くゴツゴツした指が指す方向には、晴天。鳥たちは機嫌良さそうに囀り、街も活気付いていた。 「今日は天気が悪くなる」 「ほう。何故わかる?」 「漁師の勘」  コーヒーをちまちま飲んでいたステラだが、充分冷めていなかったのか舌を出していた。 「じゃあ、室内でやろう」 「出来ない。宿の部屋は狭すぎる、剣を振るうもんじゃない。ほっぺた膨らませてもダメ」  頬袋を人差し指で潰され、潰れた風船のように、ヘナヘナと椅子に座る。その姿がおかしかったのだろう、ステラが声を出して笑い始める。 私は椅子の背を前にして座り直す。作法はなっていないが、まあいいだろう。 「そうえばステラよ。キミは妹君がいるそうな?」 「あれ? オレ、マーレに言ったっけな?」  以前は、私に気を使って家族の話はしなかった。という言葉を飲み込み、頷くと、彼は目を細めて私をじっと見た。故郷の海を思い出しているのだろう。 「妹はいた。でも、魔族に殺された」  両親はオレと妹を残して突然いなくなった。オレは10歳、妹が8歳の頃だった。三日間帰ってこなかったら魔族に殺されたもんだと思えって習っていたから、そうなんだと思い込んだ。父さんは漁師で母さんは海女さん。幼い頃から海と共に過ごしていたオレは、父さんが残してくれた船に乗って魚を取って売ったり食べたりして暮らしていた。金も家に残っていたのをちまちまやりくりしていた。丘の人たちから肉や野菜も買えるようになり、少しずつ暮らしが安定していたある日、師匠がやってきた。オレは勇者制度で選ばれたという。剣の修行はすごくつらかったけど、師匠が物知りで色々なことを教わった。王様の支援を受けるようになってからは暮らしが豊かになり、妹にも綺麗な服を着せたり、美味しいものを食べさせれるようになったし、なんせ笑顔が増えた。オレが二十歳になって旅に出ることになり、妹は婚約が決まった。旅に出る時に妹が、帰ったらお兄ちゃんの好きなホットケーキを作って待ってるからねと言ってくれた。妹の髪は綺麗な金色を三つ編みにして、その笑顔は宝石に負けないくらい輝いていた。左指の指輪が幸せの象徴だった。相手の人は王族でいい人だったから、安心した。その日は師匠と妹と妹の旦那と四人で家の近くの宿で過ごした。 叫び声で目が覚めた。幸せすぎて現実を忘れていたんだ。なんて間抜けなんだろう、魔族の気配に気付かないなんて。妹の旦那の首が目に入った。妹は魔族たちに連れさらわれてしまった。師匠と二人で挑んだけど、師匠はオレを庇って腹を貫かれた。剣を片手に必死に妹を追うと、そこには妹の変わり果てた姿があった。夜だったからなんの魔族か分からなかったけど、朝になってもなんなのか分かっていなかった。五体満足で生き延びたオレは、幸運だと思う。オレは奴らの体液で汚れた妹の髪と血塗れになった剣のことしか覚えていないんだ。  激しい雨風が窓を叩いている。鳥たちは巣に戻り、街で商売をしていた人間たちも、みな家の中に戻って行った。ステラは、いつも長い髪を大事に、丁寧に結っていた。大きな身体に繊細な行為がちぐはぐしていると口には出さなかったが、出さなくてよかった。 「悪い。お前の前で、こんな話」  ステラは罰が悪そうに、自身の髪をくしゃりと握る。 「いや……話してくれてありがとう。……すまない」  私が謝っても変わらないと思うが……付け加えると、ステラは席を立った。  あの話を聞いていたら、いても立ってもいられなくなった。 豪雨が私の身体に叩きつく。髪や服が濡れ、肌につく感触が最初は気持ち悪かったが、次第に慣れた。右手の人指し指と中指を出し、その間を開けると、丸い物体が現れた。そこから水魔法が溢れ、球体を川の中に投げるが、それは濁流に飲み込まれた。あれを弾くほどにならなければ。何回も繰り返すも、川は勢いを増すだけで、私の体力は雨に削がれてゆく。焦りだけが脳を侵食する。早く強くなりたい。早く以前の力を取り戻したい。そして、私はステラに。 足が限界を迎え、フラついてしまった。時すでに遅し、私の身体は激しい水の中に吸い込まれて行った。味わったことのない強い力に、改めて自然の脅威を感じた。……人間は、自然に干渉しては、いけなかったのかもしれない。  身体から何かが逆流し、それを思いっきり吐いた。喉には激痛、大袈裟に咳き込む。大きな手が背中をさすってくれた。ステラの大きな手だ。 雨が上がったらしい。雨雲は去り、降る前と変わらない晴天が広がっている。ただ一つ違うのは、びしょ濡れになったステラの姿。三つ編みは解け、長い髪が垂れていた。顔がいつもより険しい。謝る前に、ステラの掌が私の華奢な肩を掴む。その手は力強いが、震えていた。 「お前、さぁっ……!! お前……言っただろ、今日はダメだ、って!」  殴りたいのだろう。叱りたいのだろう。だが彼はそれより、こう言うだろう。 「無事で、よかった……」  下を向くステラの表情は読めない。泣いているのか怒っているのか。私はというと、怒られた子供のように、ごめんなさいを繰り返しながら、泣いていたんだと思う。
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