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 魔王に連れられ、外に出た。雑草がぼうぼうに生え放題の庭を見て「ちゃんと手入れしないとな」と魔王は笑っていた。雑草を気にするなんて、魔族らしくない。まるで、人間のような。 久々に外の空気を吸って、身体が震えていた。もっとこの自然の空気を浴びていたかったが、そうはいかない。 「今から話すことは、決して明るい話題ではないからな。あそこでは話したくなかった。息が詰まる」  オレの考えを見透かすように魔王は説明した。 「私の話は長い。しばらくの間、ご静聴をよろしくお願いします」  演説でも始めるのか。大げさに言った魔王の尻尾が揺れ、アルビノも風で揺れた。 「私たちのルーツは、人間だ」  私たち魔族は、元は人間の遺伝子を使い、人間に作られた存在だった。太古の昔、人間は子作りも結婚も、様々なことを制限されてしまった。研究を打ち切られた研究者たちは魔法を生み出し、人々の暮らしに心と身体の充実をもたらしたが、魔法すらも制限されてしまった。自由を奪われた人間は、鬱憤を晴らすように魔族を生み出した。やがて魔族が増え、魔族が魔族を生み出し、それらは親で自分たちより劣っている人間を蔑視するようになり、殺すようになった。 「信じるも信じないも、勇者。お前に任せるよ。これは全て私が調べ得た情報だからな」  理解するのに、時間が掛かり、頭を抱えていたが、魔王はそれを優しく撫でた。 「オレの……教えられた歴史と、違いすぎて……」  オレたちはこう学んだ。魔族は自然に生まれ、人間たちはそれに対抗するため一度全ての文明を投げ出し、魔族を打つために全ての技術を魔法に注いだんだと。だが結局、魔法で太刀打ちできず、剣や武器で対抗した。それでも魔族の進行は止まらず、人間は滅びの道を歩んでいる。生き延びた人間たちの一部は地下に逃げて魔族に報復しようと機会を伺っている都市伝説まであるほどだが、それは迷信だとも教えられた。 「それも合っているよ。魔族の進行が止まらなくなり、人間たちは自分たちの行いを清算するために動いたんだ。……」  魔王は一旦言葉を止める。気になって顔を上げると、魔王は笑みを浮かべていた。  自分は夢魔と悪魔の血で作られた。母にあたる夢魔は人間を餌としてではなく、本当の恋人のように慕っていた。だが誰も夢魔に恋心など抱かない。たった一晩だけの付き合いだ。いつも自分を現場に連れて行き、母が人間と一晩の愛を交わしているのを待ちながら、私はひたすら本を読んでいた。 「”インターネット”が全て魔法へのアクセスとして集約され、この世界の文字と絵は紙媒体……本だけになった。今まで、たくさんの本を読んだよ。小説に絵本、漫画に図鑑。たくさんの文字と絵が、私の心を満たしてくれた。電子媒体が消えていなかったら、私はきっと”ゲーム”とやらに没頭していただろうな」  魔王は両手を広げ、まるでこの世の全てを愛しているかのように、何もないそれを抱きしめた。 「私も人間の精を捕食しないといけない日が来た。だが私は食事のことより、人間の家にあるものに目を奪われていた」  あんなに嬉しそうに語っていた顔が曇る。長い睫毛を伏せ、悲しげな表情を浮かべていてる。 「可笑しいとは、思っていたさ。魔族なのに、花を慈しみ、悲しいことがあったら涙し、ハーピーやセイレーンではないのに、歌を歌い……それは母も同じだった。彼女は素敵なことだよ、といつも言い聞かせてくれた」  抱きしめた腕を解き、黒く大きな羽根を広げる。夕日をバックに浮かぶそれは、怒りの色にも見えた。 「先代の魔王は、そんな母を私の目の前で無残に引き裂いた。奴は人間を見下し、自分があの下等生物から生み出された事実に目を向けたくない……頭の固い魔族だったのさ」  先代の魔王はとにかく残虐非道で、人間たちをひたすら殺していったと。オレの前も、そのまた前の勇者もそいつにやられていた。まさか、世代交代という形でいなくなるとは思いもよらなかったが……。 「先代の血を引いていた私は、魔王候補に選ばれた。だが、候補といっても先代はその座を降ろすつもりは毛頭ない。本当の狙いは、自分より強い魔族を処分すること」  魔王は、親指を自分の首に当て、横に引いた。 「呆気ない最期だったよ。寝首を掻いたら一発だった。自分が一番だと信じ、襲われる可能性を微塵にも感じていない慢心の王だったのさ。だが、あんな奴でも一応父親だったからか……首を掻っ切った時は涙が流れたよ。嬉し涙か悲しみの涙かは分からなかったが」  魔王は羽根を畳み、オレに近づいてくる。夕日が沈み、あたりは暗くなってゆく。 「これが私の真実だ。自分が人間と”同じ”ことを嬉しがる、異端な夢魔なのさ。私はね。とにかく、人間が好きなんだよ」  オレは、自分の感情をぐっとこらえた。でも、これだけはどうしても聞きたかった。 「なんで。なんで、戦いを終わらせてくれなかったんだ」  思い出される戦いの数々。今までオレが倒してきた魔族たちも、もともとは全て人間が生み出した生命だと思うと、ゾッとして利き手が震えていた。 「先代の魔王に妹を殺された。アンタの部下に、師匠も、仲間たちも殺されたよ。三日間、アンタに餌付けされていて……忘れていたよ。オレはこの戦いを、アンタたちから世界を取り戻すため……終わらせるために来たのに、なんで。なんで」  溢れてくる思いが止まらない。オレは魔王の細い肩を掴み、叫んだ。 「人間が好きなら、なんで止めてくれなかったんだよ‼︎」  青い瞳が揺らいでいる。波打つ海のようで、それは故郷の海を思い出した。人間のようだと思う。申し訳なさそうな表情の魔王は震え、それでもオレから視線を外さず、まっすぐ答えた。 「すまなかった」  震えながら、魔王は続ける。 「謝罪しても、しょうがないとは思っている。私のエゴではあるが、謝らせてくれ。そしてこの行為も、私のエゴだ」  魔王はオレから離れ、なんと頭を下げたのだ。言葉を失った。仮にも、一族を収める魔王なのに、下等生物と罵っていた人間のオレに頭を下げている。 「部下たちの多くは先代の配下ばかりだった。奴らも人間を殲滅、殺すことを楽しむ外道どもだ。そいつらを始末するのに、手間取ってしまった」 「……もしかして、実の父親だけじゃなくて、他の同胞たちも」 「本当は話し合ってカタをつけようとしたが、無駄だった」 「……」  頭を下げたままの魔王の表情は見えない。オレは居心地が悪くなり、頭を上げてくれと頼んだ。頭を上げた魔王の表情は、とても硬い。 「勇者ステラよ。古き言葉で星の意味を持つ勇者よ。今までの蛮行は私の首を持って償おう」  魔王が手を出し、クローゼットの中の服を探すように軽く振ると、目の前にオレが使っていた剣が現れた。何処かで保管していたものを、こちらまで転送してきたのだろう。それはそのまま、オレの腕の中にすっぽり収まった。久々に対面した相棒を条件反射で掴む。手に馴染む柄が、オレの中にある闘争心を引き出そうとしている。 ーーそうだ。オレは魔王を倒すために、ここまで来たんじゃないかーー ーー目の前の魔王を倒せば、オレたち人間は救われるーー ーー恐らく、この城には魔王の配下はいない。やるなら、今ではないかーー ーーオレの戦いが終わる。妹の仇が取れるーー  柄を再び握りしめ、オレは剣を振るった。 「お前はやはり魔族だ。人間の気持ちが分からないのか? 同じような状況の登場人物の気持ちが、分からないのか?」  オレが剣を振り落としたのは雑草が生い茂る地面。剣をその場に突き刺し、オレは座り込んだ。力が抜けた。 「あんな話を聞いて、殺せる人間がいるか? 確信犯としたら、お前はとてもズルイな……」  あぐらをかき、頭を下げる。雑草だけが目に入る。 「オレはお前を殺せない。お前を殺しても、全ての魔族がいなくなるわけじゃないしな……。死んだ奴らの分まで、お前が生きてくれ。魔族たちの舵を切ってくれ」  頼むよ……情けない声が自分の口から漏れた。さくりと、草を踏む音が聞こえた。魔王が膝を折り、自分の目線に合わせてくれていた。 「約束しよう、ステラよ。これからは私が、魔族たちの道を正してゆこう。そして……」  オレの手を握り、それを愛おしそうに頬に当てた。パンのように柔らかい食感にびっくりする。 「私に生きてくれと言ってくれて、ありがとう……」  オレのゴツゴツした手に魔王の涙が掛かった。干からびた手に染みる涙は暖かく、すぐに冷たくなっていった。
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