1章 土の匂いがする

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 説明すると長くなるのだが、学生時代に付き合った彼、郷里が栃木県だったYのことを、一昨日の職場の飲み会の最中に突然思い出した。 この2か月間、仕事が半端なく忙しくて、休日も出勤した。 その仕事がひと区切りつき、木曜夜に慰労会があった。 あの時もっとああしていれば、ああしてくれていれば。 もっともっと出来たはず。 後悔もある。 不甲斐なさも感じる。 メンバーそれぞれが、いろいろな思いを飲み込んでの慰労会だった。 胸の中の沸々や悔しさや苛立たしさや、そんな様々な感情は置いておいて、間もなく30歳になる大人の女らしく、にこやかに振る舞わなければならない。 しかし大人にならない奴はいる。 飲み過ぎる奴もいる。 そんな奴にうざったく絡まれて、イライラが顔に出そうになったそのとき、主任が短い言葉と目線でその場を制してくれた。 ホッとして目礼しようと主任を見ると、主任は砂か土を飲み込みんだような表情でグラスを傾け、飲み続けていた。 そのとき突然に、大学時代に付き合った、と言えるかどうかの彼、Yのことを思い出したのだった。 栃木県出身のYは、もともと言葉数は多くなかったけれど、たとえ自分に関係ないことでも、理不尽な話を見聞きしたとき、人を貶めるような話を聞いたとき、砂か土を飲み込んだような表情をしていたっけ。 ‐あれ、主任とYはどことなく似ている?  関西出身の主任とYでは、イントネーションも性格も全く似ていないし、そもそも小学生の息子がいる主任に対して、全く恋愛感情なんてないけれど、主任のことは、人として信頼している。 だから、今回も限界まで頑張れたのかもしれないな…
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