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黎明シガレット
「え、なんすかそれ、背が高いってことっすか?」
呆れたように言う時任に、まあそうだよね、と結佳は胸の内で頷く。
「…クールビューティーなのかも?」
「あいつ以上にデスか? うーん、どうだろ…」
穂高岳の険しい岩場と雪渓を思い起こしながら言ってみるが、まるで想像はつかず、それは時任も同じようだった。
ぷかり、と二人同時に煙を吐くと、白い煙は飛騨の山々にかかる朝靄より更に儚く散っていく。それをぼんやりと眺めながら、結佳は山科の最後の笑顔を思い出す。
あの、何かを受け入れたような、ただ、柔らかな笑顔。
「いやでも、すっごく肝が据わってるんじゃないかなあ。私なら毎朝絶望しそうだもん。こっちはそれなりに努力したってこんな顔なのに、山科君、なにもしなくてもあの顔なんだし」
羨ましい… と半ば本気で頷いていると、意外な反応が来た。
「そんなことないっすよ。戸嶋さん、すごく綺麗です」
「…は?」
おっと、と。予想外の真面目な直球にちょっと身を引きかけたが、思い止まる。結佳は一瞬考えてから、
「それはどうもありがとう」
にっこりと笑ってみた。
自分を変えてみるのも、たまには良いかもしれない。
「よし、これ吸い終わったら休憩終わり。そんで、この仕事終わったら時任君に奢ってもらおうか!」
大きく伸びをしながら、結佳は宣誓する。なかなかに気持ちがいい。
「え、なんでですか? 打ち上げじゃなくて?」
「お祝いしてくれるんでしょう?」
「あ、はい、それはまあ」
「肉かな、寿司かな。や、やっぱりお酒で選ぼうか」
と、結佳がわくわくしながらスマフォで検索を始めると、それを伺いながら「ほ、ほどほどでお願いしますね…?」と時任がおののいている。結佳は自他共に認める酒豪である。
「しゃぶしゃぶか天ぷらがいいかなあ。がんばろ」
「…はい、いいです、頑張ります。とりあえず明後日を乗り切りましょう」
ちゃっちゃと灰皿を片付けてくれる時任の気配を感じながら、結佳は、こういうのも悪くはないな、と思ったりもする。
もう、幾らもしないうちに夜が明ける。
結佳は窓ガラスの向こうで淡くなっていく夜空を見上げながら、たとえばあの冬の奥穂高で、その、たった一瞬を待つカメラマンの影を思い描いていた。
『ひとを 好きに なりました』
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