陰陽師事務所との出会い

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 彼女の言う、『ここ』というのが、この事務所のことだと気がつくのに、少し時間が掛かった。それはそうだ。ここは事務所で、マンションではない。  鈴鹿が言葉の意味を考え、首を傾げると、彼女はそれに気づいて続ける。 「この雑居ビルのこの部屋。つまりは、事務所で暮らさないかって話」 「それはわかっています。勿論、廊下で暮らせなんて意味ではないでしょう。そうではなく、この事務所でどうやって暮らせと言うんです?」  確かに、この事務所はそこそこ広い。推定だが、十畳以上はある筈だ。 しかし、ここは飽くまで事務所であって、しかも彼女個人のものではない。  彼女の話なら、いいところのお嬢さんが借りている場所ではないか。 「えっと……貴女の高校って白峯高校(しらみねこうこう)の制服よね?」 「はあ、そうですけど。よくご存じですね」 「まあね。確か、千代田区内だったっけ?」 「そうですよ。この事務所と同じ、千代田区にあります」  千代田区。東京23区の中心であり、23区内でも交通の便もかなり上位。 その分、家賃の相場も凄いことになっているが……今までは親のおかげだ。  先程彼女が言った通り、他の人達が23区内に住んでいるなら、集合の際に事務所が千代田区なら、これ以上ないくらい便利だろう。納得の立地である。 「今までは、貴女はどこに住んでたの?」 「……品川ですけど」 「それなら、この事務所から学校に通った方が早いじゃない!」 「何をはしゃいでるんです。ここって、そのお嬢さんのものなんでしょ?」  私の中のそのお嬢さんのイメージは、清楚で凛々しくて、みたいな。 そんな人に、全くの部外者の私が入ることを、許してもらえるだろうか?  唸り、困り果てている私に向かって、彼女はにっこりと笑って言った。  「大丈夫よぉ。確かにいいとこのお嬢さんだけど、自由な子だし」 「……因みに、そのお嬢さんはどこ住みで?」 「ええと、確かその子は、父親と二人だけで代官山住み?」 「うわあ……数ある場所の中で、何で代官山お嬢様なんですか……」  鈴鹿の中で、代官山と港区に住んでいる女は、気が強い印象があった。 巻き髪の、ザ・お嬢様みたいな人だったらどうしよう。お蝶〇人みたいな。 「ていうか、この事務所でどうやって暮らせと言うんです?」 「あー、何かもう説明が面倒くさいわ。今からそのお嬢さん呼ぶから」  ため息をつくと、彼女は黒いスカートのポケットからスマホを出した。 随分慣れた手つきで、画面をとんとんとタップしていく。妖怪とは一体。  呆れたいのはこっちだ。と口に出す前に、私は思わず彼女を止めていた。 「は!? え、ちょ、そんな急には迷惑ですよ……!」 「大丈夫。あの子、常に暇を持て余しているから。ああ、それから」  『名前教えて』。彼女はそう言いながら、スマホ画面を耳に近づけた。 ああ、これはもう言っても聞かないな。そう思い、鈴鹿は渋々と口を開く。 「……陽毬、陽毬(ひのまり)鈴鹿(すずか)です。どうぞ、宜しく」  鈴鹿が不満を前面に押し出した表情で言うと、彼女はふわりと笑った。 まだあちらと通じていない様子のスマホを、耳に当てたまま小声で言った。 「北桜(きたざくら)狐宵(こよい)よ。宜しく、鈴鹿」 「……どうも」  彼女が携帯を掴む手と、逆の手を差し出してきたので、思わず掴んだ。 つまりは握手だ。悪魔の契約のように、これで契約完了かと疑ってしまう。  まあ、その時はその時。とにかく、今はお嬢さんと会うことに集中だ。
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