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「正憲。父さん、実はな……なんていう台詞、実際に言うことがあるんだなぁ」
「どうでもいいけど、早くしてくれないかな。わかってる?俺、明日大学受験」
正憲は、暗がりの中ベッドに横になる自分をぬぼーっと見下ろす父親に警告する。
時刻は午前一時。大学の二次試験前最後の確認も終え、あとは明日に備えて寝るだけだとベッドに入ったのが10分前。そして、その10分後部屋に父が現れて、この状況に至る。
「あのさ」
「うん?」
「というかね、今言わないといけない?明日とかじゃダメなわけ?」
「思い立ったが吉日、というだろ」
思い立つなよぉ、このタイミングでぇ。
「わかったよ、なに?」
正憲は目を閉じ、半ば適当に聞く。
「うん。父さん、実はな」
「はい」
「泥棒なんだ」
「はい」
…………はい?
「え、なんて?」
「おーい。父さんの一世一代の告白を聞き逃すなよー」
「いや、待って。泥棒って言った?」
「なんだよ、聞こえてるじゃないか」
とりあえず一度体を起こし、考える。ええと、なんだこの話。
正直明日のことを思うと今はすぐにでも眠りにつきたいとこであったが、正憲は仕方なくベッドから下りると、暗い部屋で父と膝を向かい合わせ話し始めた。
「一応、確認するけど。受験を明日に控えた俺の緊張をほぐそうとした冗談という…?」
「わけではないなぁ」
「なるほど。ということは、それは」
「正真正銘紛れもない事実」
わかりました。それでは言わせていただきます。
正憲は大きく息を吸うと、一気に吐き出すように言った。
「はああ!?」
「なかなか良い『はあ!?』をいただけたようで。さすが父さんの息子と言わざるを得ないと言いますか、」
「いや、うるさいうるさい。ちょっともう何から聞けばいいかわからないけど、ゆっくり説明して。あ、いや、ゆっくりだと困るな。というか、やっぱそれ今日じゃないとダメだったか!?」
頭の中が混乱してぐるぐるまわる。受験のために積み重ねてきた知識も一緒にぐちゃぐちゃにかき乱されそうで、正憲は焦りを覚えた。
「いつか言わなきゃ、いつか言わなきゃと思い続けて18年が経ってしまった。まあ、赤ん坊の頃に言っても仕方ないから、実際には14、5年とかか?」
へへっと笑う父に苛立ちを感じながらも、ひとまずぐっと抑え先を促す。
「ちょっと待って。え、ということはなに?俺が産まれたときからずっと泥棒だったってこと?」
「そうだ。お前が知ってる父さんはずーっと泥棒さんだ」
「え、どういうこと?それはつまり表の顔は警察官、裏の顔は泥棒だったってこと?」
ああ、それな、と父は少し苦笑しながら漏らす。
「嘘だ」
「何が?どれが?」
「父さんな、そもそも警察官じゃなかったんだな。泥棒さんだったんだな」
正憲はくらっとして一瞬目の前が真っ暗になる。実際、部屋は真っ暗なのだが。
子供の頃から、父は別の仕事をしていると聞かされていた。警察。よりにもよって、世の為人の為に働く警察官だ。
「なんでだよ!もっとあったろ!普通に会社員とか!」
「だって、ちゃんとしてそうだろ」
「してそうだよ!でも、バレるかもとか考えなかったのかよ!」
「実際バレなかっただろ?」
ぐっと言葉に詰まる。今までなんの疑いも抱かなかった自分が情けなくなる。俺は世界一のバカなのか?いや、それは受験前日に絶対に思ってはいけないことだ。やめよう。それに世界一は目の前のこの男だ。そうに決まってる。
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