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しかし、それが本当ならあまりに悲しい話だ。正憲は自らを憂う。少なくとも、幼い頃は警察官だという父を誇りに思っており、小学校低学年の時には作文でそんな父のことを書いたりもした。
「あの時、ちょうど授業参観に来てたよな?作文発表したとき。あれどんな気持ちで聞いてたんだよ?」
「いやぁ、あれは辛かった。だって、全部嘘なんだもん。だから、お前もずっと嘘話してるんだよ。『僕のお父さんはかっこいい警察官です。毎日人の為に働いています』って。それ聞いてて、ひゃーってなったよ」
ひゃーっじゃねえ、と正憲。
でもな、と父。
「さすがに、これはマズいなと。その辺りから強く思ったわけだよ、やはり本当のことを言わなきゃいけないなと」
本当のことを話す前にやることがある。
「やめろよ!泥棒を!」
「それは出来ない!」
「なんでだよ!」
「父さんは、泥棒という仕事に誇りを持ってやっていた」
「頼むから、泥棒を仕事と言わないでくれ」
「でも実際、そのお金でお前は大きくなったわけだからな」
本当に聞きたくなかった。まさか自分がそんな汚れたお金で育ってきたなんて。
でも、待てよ。正憲はふと思う。果たして泥棒だけで家族を養えるほどに稼げるものだろうか。
「なあ、泥棒って具体的に何を盗むんだよ」
「お、興味を持ってしまったか。まあ、父さんくらいになると、なんだって盗めてしまうが基本的には誰もいない隙にどなたかのご自宅へ侵入して金品をいただくという―――」
「空き巣だな」
となると、いよいよ怪しい。空き巣を繰り返して、自分一人ならまだしも、家族を養えるとは思えない。そもそも、割に合わなすぎる。捕まるかもしれないというリスクの割には、獲られるものは少ないのではないか?
正憲の中に僅かだが希望の光が生まれた。やはり、これは嘘なのではないか?というか、嘘であれ。
「わかった。父さんが泥棒だったとしてだ。それで?本当にそれだけを伝えるためにこんな夜中に現れたのかよ。何か別の話があるんじゃないのか?」
「本当に察しがいいやつだな。お前ももう良い歳になってきた。そろそろ話すべきだと思ってな」
なんだかどこかで聞いたような前置きから、父は話し始めた。
「あれはまだ父さんが二十代前半の頃だ。その日、父さんは泥棒人生において最大のものを盗むことになった」
「最大?ものすごく高価なものってこと?」
「金品ではない。もっと大切なもので、それからずっと父さんにとっての宝物だ」
「はあ」
突然父はあまり見せない真面目な顔をしたかと思うと、含みのある眼で正憲をじっと見つめた。
「……え?なに、その視線。ちょっと待って。まさか……父さんが二十代前半の時って言ったよね?」
自分が産まれたのは父が二十代前半の時だ。思わぬ予感に正憲は心臓の音が速まるのを感じた。
確かに、父と似ていないと感じたことはあった。顔も性格も。だが、それはあくまでも親子なのに似てないな、くらいにしか考えていなかった。そう、似ていなくとも血の繋がりがあるからこそ、そんなふうに軽く考えられていたことなのだ。
だが、もしも、血の繋がりが無かったとしたら―――
「その日、父さんは初めて金目の物を一切盗まずに侵入した家を出た。そのかわり、とんでもないものを盗んでいきました」
「……うそだろ」
「お前は本当に察しがいい……。もうおわかりだと思うが、それは」
正憲は耳を塞ぎたくなる気持ちを必死に抑えた。
そんな正憲の気持ちにはお構いなく、無情にも父の口が続きを告げる。
「母さんの心です」
正憲はすくっと立ち上がるとベッドへ向かった。
「はい、寝まーす」
「待て待て。まだ途中だぞ」
「もういいわ!なんだそのカリオストロみたいな話!紛らわしいんだよ!」
「え、何が紛らわしいんだ?」
「完全に赤ん坊の俺を誘拐したって話かと思ったじゃねえか!というか、思う流れだろ!」
「えぇ、なにその発想。こわぁ……人さらいじゃん。そんなの」
「だから怖かったんだよ!」
「いやいや、そろそろお前に父さんと母さんの馴れ初めについて話しておこうかと」
「いくつになっても別に聞きたかないわ!そんな話!」
「それはそれは綺麗だったんだぞ、母さん」
嬉しそうに話しつつも、父の目にふと寂しさが宿るのが見えた。
そのせいで、上がっていたはずのボルテージがなんだか少し落ち着いてしまう。正憲は一つ溜息を吐いた。
「……やっぱ、あれなの?今でも会いたいとか、思うの?」
気恥ずかしさからわざと素っ気なく聞くと、「そりゃあなぁ」と少し寂しそうに笑って父は答えた。
自分が片親になって、もう6年が経つのか。早いな。正憲は父の顔を見ながら、そんなことを思う。
そういや、この人は母さんにべた惚れだったっけな。
「母さんは知ってたの?その、父さんがずっと泥棒だったってこと」
「知ってたな。そもそもの出逢いも泥棒としての父さんだったし」
となると、夫婦揃って自分を騙してたわけか、と正憲は思うが、そりゃあ子供には言えないかとも思う。
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