所詮、私はおかかの女

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所詮、私はおかかの女    小腹が空いたとき用にと机の上に並べられた場合、我が家において起きることは大体決まっている。まずは一番下の弟が、  母が買ってくるおにぎりはいつも、ツナマヨと鮭とおかかだった。 「オレはツナマヨ」  と、誰に確認することもなく掻っ攫い、それから二番目の弟はチラリと私の様子を伺ってから、 「じゃあ、鮭で」  と、やや遠慮がちに鮭を手に取る。私に残されているのは、おかかだけであった。  そして、いつしか母は「お姉ちゃんはおかかが好き」と勘違いし、それを訂正する勇気も機会もないまま、現在に至る。  これはただの一例であるが、長女というのは往々にしてこういうものじゃないかと私は思う。  溜め込みがちで、妙に気を回して、自分からあれが欲しいこれが欲しいと言えなくて、そのくせ相手に気づいてもらえるのをずっと待っている。  そう、今だって。 「あーちゃん、一緒に帰ろ?」 「うん、いいよ」  こんな申し出を断れずにいる。   「昨日は久し振りにお兄ちゃんが帰ってきてね! それで料理作ってくれて…」  寒さ極まる高校からの帰り道、野口は一生懸命小さな体を全部使っておしゃべりする。  小柄で童顔でせわしなく動いて、どことなく小動物を思わせる。 「親子丼なんかササッと作ってくれちゃって、寒いから温かいものをってさ。なんか大学生なんだなーって! 最近はなんでも卵とじにするのにハマってるらしくてね」 「卵とじねー」  そうなの!と野口はにっこり笑った。このなんでもない話にほっこり笑える感じ、これを可愛らしいというのだろう。  私とてそれは分かっている。  でも、しかし、だけれども、仕方のないこともある。  私はこの小動物が心底嫌いなのである。  だが、野口の方はなぜだか私に懐いているし、圧倒的姉力を持つ私はそれを断れない。  そもそもの出会いは、クラスで席が隣同士だったというありふれたものだった。  コツコツとした受験勉強の末、私は無事に地域で一番の進学校に入学した。小さい頃からなんとか委員(委員長でないところがミソである)を務め、少しはハジけてみたいなと思いつつも、結局は真面目の域を抜け出せず、家族や周りの期待に応えてみせる。  そんな超長女的人生を歩んできた私にとって、こんなふわふわした野口のような生き物が自分に関わるだなんて想定外も外なのだった。 「あーちゃん聞いてる?」  彼女しか呼ばない、あーちゃんという呼び名にもむずむずする。  野口はちょっと口を尖らせて不満気なお顔だ。 「聞いてる、聞いてる」 「嘘でしょ。まーいいけど!」  こんな風に、妙にさっぱりしたところもあってそんなところも分からない。 「ねー、お腹空かない? 豚まんとか食べたくない?」  ほら、また勝手に話題を変える。  野口は、とりあえず角のコンビニまでダッシュ!と、走って行ってしまった。  こうやって他人を振り回して平気なところだってどうかと思う。  一人残された私は、仕方なく野口を追いかける。吐き出したため息は真っ白だった。    あのふわふわに遅れること数十秒、私がコンビニに入店すると、野口はなぜかホットスナックではなくおにぎりコーナーにいた。 「豚まんなんじゃないの?」  と背後から声をかければ、 「やっぱりおにぎりとか食べたいなーって。どれにしよっかなー」  こういう一貫性のないところも、嫌い。  あーだこーだと迷い続ける小さな背中を見て思う。  そう、きっと野口はツナマヨの子なのだ。私のような人間とは決して相容れない。  せめて異性だったら、全く別の存在だと思えるから分かり合えたかもしれない。  だが、残念ながら私たちは女である。  あーあ、どうしようもないこと、詮無い話だわ、とひとりごちたときだった。 「じゃあ、久しぶりにこれにしよかっな」  野口が手に取ったのは、 「ほら、あーちゃんよく食べてるでしょ? なんか美味しそうに見えちゃってさ」  あ。  かわいい笑顔。  そんなこと言うから、私はあんたといつも一緒に帰る羽目になってしまうんじゃないか。  私はフンと鼻を鳴らした。 まったく、これだからツナマヨの女というやつは。 「あんたが持ってるのはおかかチーズでしょうが」  空手チョップ。 「同じようなもんじゃないの?」 「全然別物でしょ」  そこは決して譲れない。  所詮、私はおかかの女なのである。
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