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お迎えの方がおいでになっております、と声をかけられてイトは目を覚ました。 薬を飲んで横になっているうちに眠ってしまったらしい。 そろそろ帰らなければと思いつつ、つい常雅の言葉に甘えて長居をしてしまった。神殿の仕事を放り出してきたイトに羽根丸が怒って迎えを寄越したに違いない。 「イトちゃん、怪我の具合はどう?」 小袿(こうちき)姿で現われたのは、同じ神殿に使える巫女の一人カノだった。 カノはイトより三つ年下で、今年巫女になったばかり。そのカノがイトに擦り寄ってくる。 普段の巫女装束とは違った装いの華やかさに、イトは目を丸くしてカノに問う。 「カノちゃん、どうしたの、綺麗なお召でどこかに行っていたの?」 「巫女装束は神殿にいる時だけよ。でもまさかイトちゃんが九条様の御屋敷にいるなんて驚いちゃった。うち、この近くなの。それで羽根丸様が迎えに行ってこいって」 イトの考え通り、羽根丸がいつまでもイトを放っておくはずがなかった。 「羽根丸、怒ってる?」 「そうね。早く帰った方がいいと思う。それにね……」 カノは 勿体ぶるように、膝をつめてイトの手を両手で握る。 「イトちゃん、おめでとう」 「おめでとうって、何が?」 イトは何やら嫌な予感に思わず身を引きそうになる。 「龍神様の花嫁に選ばれたのよ!」 「だ、誰が?」 「イトちゃんよ! 龍神様の花嫁、イトちゃんに決まったのよ。最初からそうなるとは思っていたけど、龍神様が御隠れになって新しい龍神様に立って頂かなくてはならないから、明日婚儀を行うそうよ」 「嘘……。なんでわたしが? 何かの間違いじゃ」 「わたしたちの中じゃイトちゃんしかいないじゃない。ノリちゃんはもうすぐ巫女をやめて尚侍(ないしのかみ)になるって話だし、わたしはまだそんな歳じゃないもの」 カノは見た目のあどけなさとは違って大人びた物言いでそう告げると、イトの手を引く。 「さぁ、イトちゃん。早く帰って支度しないと」 イトはカノをまじまじと見つめ返した。まるでイトだけが何も知らずにいたようで、このまま神殿に帰れば二度と外へは出られないような気がする。 ――まだ帰りたくない イトの頭の中でそのことだけがぐるぐると回る。 「あ、これね。龍神様からイトちゃんにって」 カノが俯き取り出した物を手にニヤリと笑う。そんな顔をするカノを見たことがない。 その手に握られていたのはキラキラと光を跳ね返す鱗のような物。そこに白い紐が通してある。 カノは腕を伸ばしてイトの首にそれをかけた。 「龍神様の髭と鱗でできた御守りですって。良かったね、イトちゃん」 首にかけられたそれからは神域と同じ気配がした。それが首に掛けられる前にイトは避けるべきだった。 ――漸く捕まえた イトはそんな声を聞いたような気がした。
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