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陸
蝋燭の火が静かに揺らめく回廊を、イトは神殿の最奥部へ向かって歩いていた。
飛んで来るだろうと思っていた羽根丸は姿を表さず、他の神官にただそっちへ行くよう促される。
誰も言葉を発せず、いつもより神殿の中は静かだ。
蝋燭の数はいつもより多く灯されているのに、何故か暗く感じる。
イトのせいで龍神様がお怒りになっている。そんな非難めいた視線が時折送られてくる。
羽根丸の嫌味を覚悟していたイトは、いつもと違う神殿の空気に羽根丸のいないことがむしろ心細く感じられた。
龍神様のいらっしゃる最奥部の社は、神殿の外にある石階段を登った上にある。
細く急な石段に足をかけるのは初めてのことだった。
普段は結界が張られ、誰も立ち入ることはできない。
今日は注連縄が解かれ、蝋燭がずっと上まで灯されている。
その先は見えないほど遠い。
イトはしばらく周りを見回していたが、誰も何も言わず、イトが上がって行くのを待っている。
途中で下を見たら足が竦むかもしれない。
暗い階段を夜風が通り抜ける。
キンと耳鳴りがした。
ここを登って龍神様に会うことができるのは、ごく一部の高位の神官と、選ばれた巫女のみ。
禊を済ませた体が冷たい風に晒されてぶるりと震えた。
一段上がると、もう後ろにあった回廊も神官の姿も見えなくなっていた。
ただ真っ直ぐに上へと延びる階段だけが闇に浮き上がっている。
イトは逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて、次の段に登った。
そのまま数段上がると、目の前に広い部屋が見えた。
まだずっと上まで続くと思われた階段が急に目の前から消え、イトは思わず後ずさる。そこに地面はなく、体勢を崩して危うく階段の下へ転がり落ちそうになった。
その時、イトの腰に腕が回され、よろめいた体は引き起こされた。
胸の中でドクドクと脈打つ鼓動。目眩のしそうな強い神気。
いつの間にか呼吸をするのも忘れるほど、イトは緊張していた。
寒さのせいかそれとも恐ろしさのせいか、イトの体は小刻みに震え声も出ない。
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